第五節
何で今回のメッセージは過去形になっているのか、
考えがどうしてもまとまらない中、マリアは専用出入口から
再びこちらの世界へと戻ってきた。
とにかく今は、修二の手がかりを探さなくてはならない。
マリアはアーチ橋を渡った右側に広がる一角獣の飼われている小屋や水車小屋、
さらに丸太の積まれた材木屋近辺を見回ったあと、中央に広がる農地の奥に、
お城のような高く尖った屋根を発見した。
『あそこを見回って帰る頃には、きっと日が暮れちゃう』
そう思ったマリアは、駆け足で畦道を突っ走った。すると正面から、一頭立て馬車
がこちらに向かってやってくる。馬車が瞬く間に視界いっぱいに迫ってきたが、
この畦道は馬がやっと通れるほどの狭さだ。
マリアは大慌てで畑に片足を踏み入れ、馬車に道を譲ろうとした。
だが片足のつま先にスカート部分の裾が引っかかり、布ごと踏み込んだ。
これでは体勢を保つのがいっぱいいっぱいだ。早く馬車が遠ざかって欲しかった。
その時、頭上から聞き慣れた声が響いて馬車が止まった。
「どこへ行く」
声の主は、門番だった。彼は御者台に座り、手綱をとっていた。
マリアは思わぬところで門番に出会って驚く。同時にバランスを崩し、
堪えていた足の力が抜けてしまったため、とうとう畑に身体ごと突っ込んだ。
「何やってるんだ、お前は」
門番はやれやれ、という顔をしながら馬車から降りると、
マリアの身体を軽々と抱えて御者台の隣に座らせてくれた。
「すみませんっ あっちのお城みたいな建物に修二がいたらいいな…
と思って行こうとしてました」
「だろうな…。あの建物は、この世界の最高幹部が住む館だ」
「へ〜ぇ」
マリアはこの世界のことをよく知らないし、この世界のトップと聞いても
ピンと来なかった。門番は手綱を僅かに緩め、馬車は動き出す。
「それで、門番さんはあのお城に何の用だったんですか?」
「散歩だ」
「まったまたぁ〜」マリアは屈託なく笑った。
だがその直後、「あっ」と声を漏らす。
馬車がお城と反対方向を走っていることに、今更ながら気づいてしまったのだ。
『当然と言えば当然か…門番さんはお城から出てきたんだから…。あっはっは、
ほんっと私って間抜け……』
「あの、門番さん。私、お城周辺を自分の目で確かめてから、
修二が居なさそうだったら別の場所を探すつもりなんです。なので、
ここで降ろしてください」
「だめだ。この馬はもう止まらない」
「え…?」
思わずマリアは門番の横顔を覗き見た。
どうやら本気で止まってくれそうもないらしい。冷たい横顔だ。
「………なんか…怪しい……。お城に私が行くと何かまずいですか?」
「あぁ」
マリアは自分の要求が、門番の意地悪で撥ねられたのではないと直感した。
「…わかりました。じゃぁ質問ですっ。今日、修二がくれたメッセージは、
一緒にいたかった、って過去形になってたんです」
「…」
「いままでは前向きな表現だったのに…」
「…」
街に向かって馬を走らせる速度は一定で、馬車の揺れ方も心地よい。
だが蹄の音だけがザッザっと低くリズムを刻むばかりで、門番の声はしばらく
聞こえてこなかった。痺れを切らしたマリアはさらに言った。
「なんか、今日の門番さんはいつもより沈んで見えますね」
「………ん…」
門番の歯切れが悪いのも無理はない。
つい先ほどまで、彼は冥府の最高責任者と話していたからだ。
「あれだけの苦痛を与えても尚、抵抗しているのか」
「はい」門番は頷いた。
「ではそろそろ獣化の速度を上げて、見せ物として街に放り出すか」
「その手を使っても、あの少年が折れるとは思えません」
「なぜだ」
「どんな制約が彼にかかろうと、彼はそれを運命だと受け入れます。
受け入れるか否か、その選択の手綱を握っているのは常に彼です。
太刀打ちできません」
最高責任者は自分にさえ有るかどうか疑わしい高貴な精神が存在する事実を
次官の地位にある門番から突きつけられて、負け惜しみのように言った。
「お前は十数年前、耐えかねて私の部下になったがな」
「わたくしなどとは比較するのも恐れ多いかと…」
「余計に、この世界にとどめておかねばならないな」
「……」
馬車が街に着くと、門番がマリアを抱えて馬車から降ろした。
門番の部下である四等官が代わりに御者台に乗ると、
そのまま手綱を引き継いで馬車庫のほうへと向かった。見送る門番はその場に
佇んだままだ。マリアはこのまま黙って立ち去ることもできず、同じように
その場にとどまり、門番の顔を見つめていた。
やがて、ようやくマリアの視線に気づいた門番が口を開いた。
「お前には悪いが、修二はこれから、首に鎖を嵌めることになるだろう」
「………!?」
マリアはこの世界に来てから驚くことばかりだ。だが慣れとは恐ろしい。
酷い現実を突きつけられて尚、心は折れなかった。折れている場合ではないのだ。
『修二は絶対に連れ出す。だからそれまでは……、ごめんね修二……堪えて……』
夕陽を背にして立っていた門番の顔は、もう薄暗くて見えづらい。
だがマリアには、門番の瞳から生気が失われていることが分かった。
だから思わず素直に思ったことを口にした。
「前もって教えてくれて、感謝いたします」
マリアは門番も一緒になって修二のことを思ってくれていることが、
心の支えになっていた。
「お前達は……」
門番は、次に言うべき言葉を紡げない。
全く濁っていない若い二人の魂に、彼は胸を打たれていた。
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