↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20歳、無職フリーターがダンジョンで迷子になったら、魔物が全員土下座していたらしい  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/41

二回目の潜行




「大盛りは100円増しだって」


「並って言ったよね!?」


 協会の向かいの定食屋。


 レンはメニューの端の小さい字を指でなぞっていた。


「カツ丼っつったら大盛りだろ」


「誰が決めたの」


「俺」


「……100円ね。100円だけね」


 ミオが財布を開けて、閉じた。


 もう一度開ける。


(どっかで見たな、その動き)


 昨日の自販機の前の自分だった。


 大盛りが来た。カツが丼からはみ出している。


 うまい。カロリーバーの何倍だ、これ。


 向かいのミオの前には、かけうどんが1杯。


 290円。


「それだけ?」


「ダイエット!」


「へー」


 ミオがうどんをすする音が、やけに細かった。



 店を出ると、ミオが紙袋を差し出した。


 中身はあの黄色いヘルメットだ。


「あごひも。直しといた」


 見ると、ずれる金具のところが白いバンドでぎっちり固定されていた。


「結束バンドじゃねーか」


「100均の! ちゃんと締まるでしょ!」


 被ってみる。ずれない。


 ずれないが、外し方が分からない。


「これどうやって脱ぐんだ」


「……帰りに考えよ」


「考えてねぇのかよ」



 協会の受付では、昨日の職員が待っていた。


「午前の確認、終わりました。異常なしです」


 ミオが受付に身を乗り出した。


「岩トカゲは? いなかったんですか?」


「見つかりませんでした。痕跡もなくて」


 職員は首をかしげながら、同行者届の控えをめくった。


 レンの名前の欄で指が止まる。


「雨宮さん、同行者の方は昨日と同じで――」


「はい! 同じです! 行ってきます!」


 ミオがレンの袖を引っぱって、もう歩き出していた。


(なんで逃げんだよ)


 職員の視線が、ちょっとだけ背中に刺さった。



◇



「はい、2日目です! 今日も背中の人に来てもらってます!」


 配信が始まった瞬間、画面の端の数字が動いた。


 230。


 昨日の最初は14人だった。


《キャップの人きた》


《背中の人!》


《切り抜きから来ました》


《今日は顔出し?》


「出さねぇ」


「勝手に画面見ないで!」


「見えんだよ。肩越しに」


 ミオが咳払いをした。


「で、今日はレンが前ね」


「なんで」


「……その方が、画になるから」


「盾だろ」


「前歩き手当つけるから!」


「いくら」


「200」


「乗った」


「え、いいの?」


「200円は200円だろ」


 この男、200円で盾を引き受けた。


 ミオが何か言いたそうな顔をして、やめた。


 昨日から、こういう顔をよくする。


 レンは気にせず前に出た。結束バンドがあごに食い込む。



 スライムの小部屋の前を通った。


 中を覗くと、隅っこの水色が見えた。


 昨日と同じ位置。昨日より薄い。


 レンと目が合った、気がした。


 水色がさらに隅へめり込んだ。


(壁と一体化しようとしてんな)


 そのまま通り過ぎた。



◇



「この先、広間ね」


 通路が急に開けた。


 学校の体育館の半分くらいの空間だ。天井が高くて、壁の光もここだけ少し強い。


 その床に、白いものがいくつも散らばっていた。


 ウサギだ。


 額に1本、短い角が生えている。


 数えると6匹。その間に、水色のスライムが3つ4つ。


 ミオの声が小さくなった。


「角ウサギ。1匹ならたいしたことないんだけど、群れると囲んでくるの。角で足を狙ってくる。1層のケガの半分くらいはこれ。だから広間は壁沿いに、静かに抜けるのが基本」


「長ぇな」


「大事なとこなの!」


「つまり、ウサギがめんどくさい」


「……まあ、そう」


 ミオはそこで止まった。


 カメラを持ち直して、レンの方を見ないまま言う。


「レン、ちょっとそこで待ってて。先、様子見てくる」


「ルールその1は?」


「様子見るだけ!」


 ミオが1人で広間に足を踏み入れた。



 6匹の耳が一斉に立った。


 全部こっちを向く。


 タン。


 1匹が後ろ足で床を叩いた。


 タン。タン。


 別のやつも叩く。音が広間に響いて、増えていく。


 次の瞬間、白いのが全部、ミオに向かって跳んだ。


「ひゃああああ!?」


 ミオが回れ右して、レンの背中に飛び込んできた。


 ウサギたちは通路の手前でぴたりと止まった。


 鼻をひくひくさせて、こっちをにらんでいる。


「……嫌われてんな」


「うっさい!」


「なんかしたのか、昨日」


「してない! 初対面!」


 ミオはレンの背中に張りついたまま、肩で息をしていた。


 カメラだけは広間を向いている。


 それから小さく言った。


「……レン、前、歩いて。真ん中」


「は? 今の見てたか?」


「見てた。だから」


「意味わかんねぇ」


「前歩き手当、出してるでしょ」


(それ200円だろ)


(6匹で割ったら1匹33円)


(……刺されたら赤字じゃねーか)


 200円で角の中を歩けという。


 まあ、乗ったのは自分だ。


 レンは広間に入った。




 耳が倒れた。


 6匹ぶん、ぺたん、と。


 立っていた耳が全部、背中に張りつく。


 白いのが動いた。


 右へ3匹。左へ3匹。


 スライムも、ずるずると壁際へ寄っていく。


 広間の真ん中に、1本の道が空いた。


 誰も動かない。


 レンが1歩進むと、両側の白いのがさらに低くなる。


(……なんだこれ)


 見覚えがあった。


 朝の満員電車だ。降りる駅で「降ります」と言ったときの、あの車内。


 気づいたら、手が勝手に出ていた。


 顔の前で、縦にちょいちょいと切る。


「すいませーん。通りまーす」


 両側のウサギが床にあごをこすりつけた。


 レンはそのまま真ん中を歩いた。


 向こう側の通路まで、誰にも何もされなかった。




 振り返る。


 ミオが広間の入口で固まっていた。


 カメラを構えた手が、ちょっとだけ震えている。


「……来ねぇの?」


「行く。行くけど」


 ミオは壁沿いに来なかった。


 レンが空けた真ん中の道を、そろそろと歩いてきた。


 ウサギは誰も顔を上げなかった。



 画面はミオの手の中だ。前を歩くレンからは見えない。


《は?》


《ウサギが道あけた》


《ミオちゃんには突っ込んできたのに》


《角ウサギの群れって初心者狩りだぞ》


《さっきのタンタン威嚇だよな》


《背中の人のときだけ耳ぺたんしてる》


《今の手刀なに》


《すいませんって言ってて草》


《電車降りるときのやつ》


《待ってこれ比べた?》


《ミオちゃん先に行ったの検証じゃん》


《200円で突っ込ませるの鬼で草》


《切り抜き班はよ》



 同接の数字はミオの手の中でどんどん変わっていた。


 670。


 900。


 1,140。


「……④、確定」


 ミオがぼそっと言った。


「何が」


「なんでもない!」


「お前ほんとにウサギに何したんだよ」


「何もしてないってば! あんたが何かしたの!」


「通っただけだろ」


「通っただけで道あくわけないでしょ!」


「……べつに、そういうつもりはないんだけど」


 ミオが黙った。


 黙ったまま、レンをじっと見る。


 スライムを見るときと同じ顔だった。


(俺、スライム枠なのか)


 ピロン。


《¥300 手刀代》


「手刀代いただきましたー……」


「それは俺のだろ」


「チャンネルの!」


 日当1万5,000円。前歩き手当200円。


 手持ちと合わせて2万7,600円。


 家賃まであと8日。足りないのは1万400円。


(400円が地味に重い)




 その日の分の通路を歩いて、引き返すことにした。


 帰りもレンが前だった。


 広間を抜けて少し行ったあたりで、後ろから音がした。


 ぴょこ。


 ぴょこ。


 振り返る。


 白いのが6匹、1列に並んでいた。先頭にスライムが1つ。


 レンと目が合った瞬間、全員が伏せた。


 前を向く。歩く。


 ぴょこ。ぴょこ。ずる。


 振り返る。伏せる。


「……なんかついてきてんだけど」


《行列で草》


《大名行列》


《ついてくるな帰れ》


《スライムが先頭なのなんなん》


《行きより人数多い》


 ミオは答えなかった。


 カメラを後ろの行列に向けたまま、口だけが動いた。


「レン。上がったら、ちょっと聞きたいことあるから」


「日当の話か」


「……それ以外」


 後ろで、ウサギが6匹そろって伏せ直した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。