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20歳、無職フリーターがダンジョンで迷子になったら、魔物が全員土下座していたらしい  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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5/41

気のせいにしては




 0.25倍速。


 画面の中で、レンがしゃがむ。


 キャップを拾う。


 顔を上げる。


 岩トカゲの口が閉じる。


 ミオは一時停止を押した。


 これで18回目だ。


(……やっぱり、ここなんだよね)




 ベッドの上で膝を抱え直す。


 ノートパソコンの熱が太ももにじわじわ来る。時計は23時を回っていた。


 雨宮ミオ。迷宮配信者、3年目。


 登録者は今日の昼まで2,140人だった。


 今は2,488人。


 半日で348人増えた。この1年で増えた分より多い。


(いや、それはいい。それはめちゃくちゃいいんだけど)


 気になっているのはそこじゃない。



◇



 スマホのメモ帳を開いた。


 新規作成。タイトルは『背中の人』。


 我ながらひどい。でも本名で書くのは、なんか違う気がした。


『①昨日 カツアゲの男 レン何もしてない→逃げた』


『②スライム 足上げた瞬間→震えて隅っこ』


『③岩トカゲ 顔上げた瞬間→伏せて逃げた』


 打ち終えて、眺める。


 見事に何もしていない。


 ①なんて本人は撃退したつもりすらない。②は足を上げただけ。③に至ってはキャップだ。


 138円の水の、キャップ。


(100円って言ったら138円って返してきたし。38円のために命張る人、初めて見たよ)


 アーカイブのコメント欄では、まだヘルメットの話が続いていた。


《ヘルメット最強説》


《工事現場のおじさんには勝てん》


《協会はヘルメットを支給しろ》


(いや昨日、被ってなかったし)




 協会の公開図鑑を開いた。


 探索者なら誰でも見られるやつだ。岩トカゲの項目は、すぐ出てきた。


『岩トカゲ

 分類:中型・爬虫類系

 出現階層:第3階層以深

 推定難度:C(熟練者3名以上での対処を推奨)

 備考:縄張り意識が強く、威嚇を受けても後退しない』




 後退しない。


 ミオは図鑑と、一時停止した画面を見比べた。


 画面の中の岩トカゲは、思いっきり後退している。


 後ろ向きで。


(しないって書いてあるじゃん……)


 しかも、ミオは本物を見たことがある。


 去年、ベテランのパーティの合同配信に混ぜてもらって、3層まで降りたときだ。


 盾持ちが3人がかりで囲んで、20分かかった。岩トカゲは最後まで1歩も下がらなかった。


 ミオはその間、岩の陰でずっと悲鳴を上げていた。


 あのときの同接は140人。今日の4分の1くらいだ。




 夕方、協会の窓口でも同じことを言われた。


 受付の人は「岩トカゲ」と聞いた瞬間に顔色を変えて、奥から職員を呼んできた。


「1層で、ですか」


 職員の眉がぎゅっと寄った。


「ここ10年で、1層に3層の個体が上がってきた記録は2件しかないんですよ」


「2件……」


「明日の午前中に、職員で確認に入ります。午後は通常どおり開放の予定ですけど」


 職員はメモを取りながら、顔だけ上げた。


「それで、どうやって離脱されたんですか?」


「えっと……向こうが勝手に帰りました」


 嘘ではない。


 全部でもないけど。


「同行者の方は、ご無事で?」


「はい。元気です。水飲んでました」


「……それは何より」


 レンの名前は出さなかった。同行者届には書いてあるから、調べればすぐ分かる。


 ただ、聞かれなかった。


 聞かれなかったから、言わなかった。


(……いや、言うでしょ。普通は)




 で、今。23時半。


 ミオはベッドの上で、チャンネルの管理画面を開いた。


 登録者のグラフ。


 この1年、ほとんど横ばい。右端だけ、今日の分がぴょこんと跳ねている。


 同じ時期に始めた子は、春に事務所に入った。


 後輩の子は先月、登録者10万人を超えた。


 ミオだけずっと同じ高さにいる。


(配信者には賞味期限がある、って)


 自分で言ったくせに。


 この跳ねた線を、協会の調査とかで持っていかれたら。


 ……それはちょっと、やだな。


 ずるいのは分かっている。


 分かっているから、グラフの画面はすぐに閉じた。



◇



 巻き戻す。


 今度はコマ送りにした。


 レンが顔を上げる。


 目が合う。


 岩トカゲの口が閉じる。


 首が下がる。


 あごがつく。


 腹がつく。


 尻尾が体の下へ巻き込まれていく。


 ――見たことがある。


 この順番。


 実家の柴犬だ。コタロウ。ソファで粗相して、父に見つかったときのやつ。


 あごを床にべたっとつけて、尻尾を腹の下に隠して、目だけそらして後ずさる。


 あれは逃げてるんじゃない。


(……謝ってる?)


 声に出しかけて、口を押さえた。


 夜中に1人で、トカゲが謝ってるとか言い出したら終わりだ。


 この女、深夜0時前にトカゲの謝罪を本気で検討している。




 でも、もう一度②を見る。


 スライムは足を上げた瞬間に震えて、隅っこで縮こまった。


 顔はない。尻尾もない。


 それでも、あの縮み方。


 コタロウが父の足音を聞いたときと、ほとんど同じだった。


(3回だよ? 3回。たまたまで3回はないでしょ)


 ……ないよね?


 ミオはもう一度、巻き戻しを押した。



◇



 ピロン、と通知が鳴った。


『【切り抜き】岩トカゲ、キャップを拾われて帰る』


 知らないアカウントだった。投稿から2時間で、再生数は1,900。


 サムネイルは黄色いヘルメットの背中だ。


 ミオは迷わず開いた。


 コメント欄が本編より伸びていた。


《何回見ても意味わからん》


《岩トカゲってC難度だろ 1層にいていいやつじゃない》


《トカゲ土下座してて草》


《土下座ではないだろ》


《いやこれ土下座だろ》


《あご床についてるもんな》


《ヘルメット説まだ生きてる?》


《やらせ乙》


《やらせで岩トカゲ用意できるなら逆にすごい》


《背中の人の顔はよ》


「……土下座」


 つぶやいてから、画面のトカゲを見直す。


 あごが床。腹も床。目は合わせない。


 うん。


 どう見ても、土下座だった。



◇



 気づいたら0時を過ぎていた。


 ミオはLINEを開いた。


 レンとのトークは、昨日交換したときのスタンプ1個で止まっている。


 まずは送金アプリで1万600円を送った。


『送ったよ! 日当1万と危険手当600』


 既読は10秒でついた。


『着いた』


『助かる』


 それだけ。


 お礼のスタンプもない。まあ、レンらしい。


 そのまま続けて打った。


『で、明日の件だけど』


『日当1万2,000でどう?』


 今度の既読は早かった。


『2万』


『むり!!!』


『じゃあ行かね』


(そこは即答なんだ)


 こっちの足元を見てるわけじゃない。たぶん、本当に行かなくてもいいと思っている。


 それが一番困る。


 ミオは口座アプリを開いて、すぐ閉じた。


 今日の投げ銭はトカゲ代とキャップ代で1,720円。


 さっき1万600円を払った。


 計算するまでもなく赤字だった。




『1万5,000』


『1万8,000』


『1万5,000と、お昼ごはん』


 既読がついて、返事が止まった。


 1分。


 2分。


(え、ダメ? お昼で釣れると思ったんだけど)


『昼飯ってカロリーバーか』


『ちゃんとしたやつ!!』


『カツ丼』


『……いいよ』


『乗った』


 ミオはスマホを顔の上に落としかけた。


 カツ丼でいいんだ。


 いや、助かる。ほんとに。




 少し迷ってから、もう1通だけ打った。


『ねえ。昨日のカツアゲの人も、スライムも、トカゲも』


『あんた、なんかした?』


 送信してから、消したくなった。


 既読がつく。


 返事は10秒で来た。


『べつに、そういうつもりはないんだけど』


(打つんだ、それ)


 ミオは天井を見て、笑ってしまった。


 知らないんだ。本当に。


 本人が1ミリも分かってない。


 それならそれで、確かめる方法はある。


(……カツ丼って、経費で落ちるのかな)




 メモ帳に戻って、4行目を足した。


『④明日 レンを前に歩かせる』


 それから配信タイトルの下書きを打つ。


『【検証】背中の人を前に歩かせてみた』


 消した。


 露骨すぎる。


『【2日目】背中の人と1層リベンジ』


 これでいい。


 保存したところで、スマホが震えた。


『あと』


『ヘルメットのあごひも、ずれる』


「……そこ?」


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