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20歳、無職フリーターがダンジョンで迷子になったら、魔物が全員土下座していたらしい  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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全国区への招集状




【速報】迷宮協会が、探索者1名を「イレギュラー種別S」に認定したと公式に発表した。


【協会公式が動いた】


1:名無しの探索者  待って待って待って  さっき公式サイト更新されてる、まじだ


2:名無しの探索者  イレギュラー種別Sとか初めて聞いたんだが  誰か解説頼む


3:名無しの探索者  Sは聞いたことある。種別Sはない  つまり新設区分ってことだろこれ


4:名無しの探索者  もう伝説確定だろ  協会が「異例」って自分で言っちゃってる


5:名無しの探索者  調査部が選んだ攻撃性高いやつらが3体そろって伏せたって話


6:名無しの探索者  それは流石に盛りすぎだろ  3体って。動画も何もないのに


7:名無しの探索者  協会の記録用カメラしか回してないらしいぞ  外には一切出てない


8:名無しの探索者  それ一番怪しいやつじゃん  切り抜き待ってる


9:名無しの探索者  動画出てないのにSって、逆に怖いんだが  何がどうなってそうなった


10:名無しの探索者  これ背中の人だろ  間違いないわ  伏せる伏せる言ってたの最近あれしかない


11:名無しの探索者  >>10  背中の人って何? 知らん


12:名無しの探索者  >>11  迷宮配信でモンスターが勝手に土下座してくあの背中だよ  顔も名前も出てないのにS級にまでなったっぽい


13:名無しの探索者  雨宮ミオ、審査の直後に「出ました」しか言ってないの逆に怖い  いつもあんな騒ぐのに


14:名無しの探索者  >>13  教えてくれてありがとう  これは確定でしょ  あの2人また何かやらかしたんだ


15:名無しの探索者  協会の中の人の書き込みだと、調査部の常磐って人が審査に反対してたらしいじゃん  なのにこの結果


16:名無しの探索者  常磐完全に沈黙してて草  反対意見すら出てこないの


17:名無しの探索者  S級の背中か……  どんな顔して立ってたんだよ、あの場で


18:名無しの探索者  今までの流れまとめとくわ  ・2層の門番が土下座した切り抜きがバズる(通称・背中の人)  ・協会の格付け試験で、試験用の個体がまさかのひれ伏し  ・上層部が「イレギュラー種別」として認定を進める  ・そこに調査部の常磐が異議を出して一旦ストップ  ・追加の適性審査を実施  ・攻撃性高い3体がそろって伏せた  ・その場でイレギュラー種別Sが正式決定


19:名無しの探索者  まとめ読んでもまだ信じられないんだが  3体って。3体だぞ


20:名無しの探索者  常磐が異議出したのに押し切られたってのが一番ゾッとするわ  協会の力学がもう変わってる


21:名無しの探索者  背中の人、S級になっても寝癖のままなんだろうな  想像したらちょっと安心した


22:名無しの探索者  これもう次は全国規模の迷宮に呼ばれるんじゃないか  2層の門番どころの話じゃなくなってきたぞ


◇


 3日後の夕方。レンは自室の布団に寝転がって、天井の染みを数えていた。


 1、2、3。4つ目は前からあった。5つ目は去年の雨の日にできた。数えても特に何も起こらない。起こらないのが心地よかった。


 スマホが鳴った。画面に『雨宮ミオ』と出ている。


(出たくねえな)


 3回鳴ってから出た。


「もしもし」


「レン! 見た!? 見てないでしょ絶対見てないでしょ!?」


(出た瞬間これかよ)


「何が」


「登録者! 50万! 50万いったの! この3日で26万増えたの! 1日8万以上って計算になるんだけど、あたしのチャンネル開設してから今までの全部足してもこんな伸びたことないの! 昔の切り抜きがね、もう、止まんなくて」


 ミオの声がスピーカーから溢れて、机の上のペン立てが震えている気がした。


「へえ」


「へえ、じゃないの! あんたのおかげで伸びたんだからね! あたし今、編集作業が終わらなくて寝てないの! 目がしぱしぱするの!」


「寝ろよ」


「寝れるわけないでしょ! コメント欄もすごいの! 『背中の人ついにS級』って、もう、あたしのチャンネルのコメント欄が背中の人の話題で埋まってるの! あんた自分のことじゃん!」


「俺の名前出てねえだろ」


「出てないけど! でもあんたでしょ!?」


(そういうことにするなよ)


 レンは寝返りを打って、スマホを耳から少し離した。画面の向こうでミオがまだ何か叫んでいる。


「あ、そうだ」


 ミオの声が急に低くなった。低くなったくせに、テンションはそのままだった。


「それよりポスト見た!?」


 レンは天井の6つ目の染みを目で探しながら、スマホを耳に戻した。


「ポスト?」


「そう、ポスト。郵便受け。あんたのアパートの下にあるやつ」


「いや、それは分かるけど」


「いいから見てきなさいよ。今すぐ」


(今すぐって)


 レンは通話を切らないままスマホを耳に当てた状態で布団から起き上がった。スリッパを引っかけて、鍵を持ってドアを開ける。廊下は薄暗くて、蛍光灯が1本切れかけている。じじじ、と小さく鳴っていた。


 階段を下りて、集合ポストの前に立つ。住人ぶんの郵便受けが並んでいる。自分のところを開けると、中に封筒が1通だけ入っていた。


(お、来た)


 差出人は迷宮協会。白い封筒に、黒い活字で宛名が刷ってある。角が少し折れていた。


「あった」


「でしょ? 開けてみて」


「待てよ。今開けるから」


(なんでお前がそんな自信満々なんだよ)


 レンは階段の手すりにスマホを挟むようにして、封筒の端を指で破った。びりと乾いた音がした。中から出てきたのは、A4を三つ折りにした紙が1枚。それだけだった。


(薄いな)


 広げる。紙の上半分に協会のロゴ、下半分に本文。


『招集通知』


『貴殿を、富士裾野大迷宮(山梨・静岡の2県にまたがる国内最大級の迷宮)の合同調査における特別立会人として招集する。日程および詳細は追って連絡する。』


(……は?)


 レンは紙を裏返した。白紙だ。もう一度表に戻す。本文は3行しかない。報酬の「ほ」の字も書いていない。


「なあ」


「なに」


「これ、報酬の書類じゃねえぞ」


「知ってる」


「知ってるって、お前」


「だってあたし、さっき聞いたもん。計測の人がLINEで教えてくれたの。招集状が出たって」


(先に知ってんのかよ。お前は協会の回し者か)


「なんでお前が先に知ってんだよ」


「あたしが聞いたから」


「いや、そういうことじゃなくて」


 レンは招集状をもう一度見下ろした。『特別立会人』。『富士裾野大迷宮』。どこをどう読んでも、財布が潤う単語が見当たらない。


「……報酬じゃねえのかよ」


 階段の下で、レンはしゃがみ込むようにして封筒をぶら下げたまま呟いた。通話口の向こうで、ミオが息を吸う音がした。


「ちょっと待って。ちょっと待ってレン」


「富士裾野って、あの富士裾野でしょ? 山梨と静岡にまたがってる、国内で一番デカいって言われてるあれでしょ!? あたし去年、動画で見たもん。入口の写真だけでもう桁が違うの。バスがね、普通に3台並んで止まってたの」


「それがさ、名指しだよ? 名指し。あんたの名前で招集状が出てるの」


「あたし3年やってて、あそこは遠くから撮ったことしかないの。遠くから! 2層の門番どころじゃないの!」


「ねえ聞いてる? レン、聞いてる? あたし今すごいこと言ってるんだけど。あんた、日本で一番デカいとこから名前で呼ばれてるの。それって、もう、そういうことでしょ!?」


「もう完全に全国区じゃん!」


「そんな遠くまで行くのかよ、めんどくせえ」


「めんどくせえって、あんたねえ」


 ミオの声がスピーカー越しに尖った。


「全国から人が集まるような迷宮に、協会がわざわざ名指しで呼ぶのよ。普通は行きたくても行けないんだから」


「普通はな。俺は別に」


「あんたのその『別に』ってやつ、ほんと腹立つ」


「腹立てるなよ」


「立つわよ。……で、いつなの?」


「書いてねえ」


 レンは招集状をもう一度裏返して、白紙の面を眺めた。


「日程も詳細も追って連絡するって。それだけ」


「え、それだけ? 日にちも?」


「日にちも、何も」


「……協会ってほんと、そういうとこ雑よね」


 ミオが納得したように言った。納得したくせに、すぐ切り替えて「でもさ」と続ける。


「行くんでしょ?」


「報酬出ねえなら行かねえ」


「出るでしょ! Sなんだから! Sが報酬なしとかありえないから!」


「お前が言うなよ」


 レンは封筒を片手で握って、その場から腰を上げた。


「じゃ、切るぞ」


「え、ちょっと、まだ」


「編集でもしてろ。寝ろよ」


「寝ないって言ってるでしょ!」


 通話を切った。画面が暗くなって、階段の蛍光灯のじじじという音だけが残った。


(まったく、こっちは紙1枚で全国区だのなんだの言われてもな)


 レンは招集状を封筒ごとポケットに突っ込み、階段を上がった。部屋に戻って鍵をかける。スリッパを脱ぎ捨てて、布団にそのまま倒れ込んだ。


 背中に硬い封筒の角が当たって、少し痛かった。


 封筒から招集状を抜き仰向けのまま目の上にかざす。白い紙が天井の染みを隠した。『特別立会人』の5文字だけが、やけに大きく見える。


(立会人ってなんだ。立って会う人か。立って会うだけなら楽でいいな)


 紙を顔の横へ落とす。腕がだるい。全国規模だの大規模だの、言葉だけが立派でレンの生活は1ミリも変わっていない。この前のコンビニのレシートも、ぜんぶそのままだ。


(まあ、行ってみるか。どうせバイトも入ってねえし)


 レンは顔の横に落とした招集状を、寝転がったまま片手で拾い上げた。


 目の高さで広げ直し『富士裾野大迷宮』の文字と、括弧の中の但し書きを眺める。


(山梨と静岡にまたがる国内最大級、ねえ)


 ため息まじりに天井を見た。


(つまり、家からめちゃくちゃ遠いってことだろ。迷宮の大きさより先に交通費が心配になるわ)


 財布の中身を思い浮かべ、レンはそっと招集状を胸の上に落とした。


 こうして、一介のフリーターだった男は、全国区の舞台へと呼ばれることになる。


(いや、俺はただのフリーターなんだが)

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