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20歳、無職フリーターがダンジョンで迷子になったら、魔物が全員土下座していたらしい  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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異例認定、検討中




 2日後の昼。


 アパートの郵便受けに、茶封筒が1通入っていた。


 差出人は『迷宮協会』。


 寝起きで開けた封筒の中身が、記入欄だらけの書類だった。


 レンは床に正座したまま、表紙を裏返した。


『イレギュラー種別としての認定手続きのご案内』


 字面だけで頭が痛い。


(なんだよ、イレギュラー種別って)


 続きを読む気にならない。


 指先でページをめくる。


 1枚目から記入欄。


 2枚目も記入欄。


 3枚目は記入欄が両面にびっしり。


(これ、ただの役所の書類じゃねえか)


 束の厚みは、バイトの採用書類より上だった。


(何枚あんだよ)


(てか、報酬は)


 レンは封筒を逆さに振った。


 何も出てこない。


(いや、金の話どこにもねえのかよ)


 正座の足がしびれてきた。


 片足を崩す。


 肘をついて、表紙を床に落とす。


 天井を見た。


 蛍光灯の紐が、揺れている。


(……これ、全部書けってことだよな)


(任意の聞き取りの1万円は現金だったのに)


(今度は書類か)


(書かねえと、どうなるんだろうな)


 たぶん、何も始まらない。


 面倒なのはそれだ。


 体を後ろに倒した。


(だる)


(マジでだる)


 スマホが鳴った。


 着信音はデフォルトのままだった。


 レンは寝転んだまま、スマホを耳に当てた。


「迷宮協会の者です」


「イレギュラー種別としての認定手続きを進めたい」


「はぁ」


「書類確認が何回かと、追加の聞き取りが必要です」


「何回くらいすか」


「3回ほど」


「そんなに手続きいるもんなんすね」


「規則ですので」


「報酬は」


「手続きが済んでから、書面で」


「今教えてくれてもいいじゃないすか」


「決まっていないので」


「決まってないのに、手続きだけ進めるんすか」


「方向性は決まっています」


「最初の確認は明日の午後1時から、窓口です」


「分かりました」


 電話が切れた。


 寝転んだまま、書類の表紙をスマホで撮る。


 ピントが合う前に撮った。


 送信ボタンを押す。


 10秒もしないうちに着信音が鳴った。


「え、何これ何これ何これ」


 声がでかい。


 耳から離した。


「見ての通り。書類」


「待って、表紙の字、イレギュラー種別って書いてない?」


「書いてある」


「やばくない!? 協会が正式に書類送ってきたんだよ!?」


「書類だけな」


「いや、これが第一歩じゃん。認定への」


「書類3回だぞ。面倒くせえ」


「箔がつくし、受けたほうがいいって」


「あ、そう」


「え、何その反応。もっと喜びなよ」


「喜ぶ要素がどこにあるんだよ」


「全部だよ全部」


「報酬もまだ決まってねえんだぞ」


「手続きすれば出るって。たぶん」


「たぶんってお前」


「明日の窓口、何時? あたしも行く」


「午後1時」


「行く行く。あたしがついてってあげる」


「頼んでねえよ」


「はいはい。じゃあ明日12時半、現地集合ね」


「勝手に決めてんじゃねえよ」


「だって迷うとこないでしょ、あの建物」


「まあ、ねえけど」


「よし。じゃあ決まり」


「……はいはい」


 通話を切る。


◇


 翌日の午後1時。


 迷宮協会の1階、窓口。


 窓口の前の待合は、思ったより混んでいた。


 パイプ椅子が並んでいて、半分以上が埋まっている。


 探索者らしい男たちが、ちらちらとこちらを見ていた。


「あれ、土下座の」


「切り抜きの人じゃん」


「背中、同じパーカーだ」


 声はひそひそとしているが、待合の静けさには全部届いていた。


 レンは寝癖を手のひらで押さえた。


(見られてんな。まあ、そうだよな)


 目を合わせずに、空いている椅子へ歩く。


 ミオが半歩あとをついてきて、小声で言った。


「ねえ、気づいてる? 見られてるよ」


「べつに、気づかなくていいけど」


「人違いじゃないすか」


 レンは前を向いたまま言った。


 声は、待合にいた全員に聞こえた。


 ひそひそ声が一瞬止む。


 次の瞬間、さらに小さくなって再開する。


 ミオが口元をゆるませた。


「効いてない。全然効いてないよあれ」


「効かせてどうすんだよ」


 ミオはカメラを構える仕草をした。


「告知していい? ここで一言撮っていい?」


「だめだろ。常識的に考えて」


「ここで撮れたらバズるのに」


「バズらなくていい」


 ミオがカメラを胸の前で構えた、そのとき。


「館内での撮影はご遠慮ください」


 声は静かで、よく通った。


 窓口の内側から、受付の職員がこちらを見ている。


 ハサミの人だった。


 ミオはカメラを下ろした。


「すみません」


 声が小さくなる。


 レンは小さくため息をついた。


(ほら言わんこっちゃない)


 職員は表情を変えないまま、窓口の前を示した。


「順番が来ましたので、どうぞ」


 レンは椅子から立ち上がった。


 待合の視線が、また背中に集まる。


 レンは寝癖を一度だけ叩いてから、窓口の前に立った。


 レンが書類の束を差し出す。


 職員は表紙を開いて、1枚ずつ指でめくった。


「ここ、未記入です」


 指が欄を示した。


「住所の番地が抜けてます」


 レンは備え付けのペンを取った。


 その場で書き足す。


(めんどくせえ)


(つーか、この書類まだ続くのかよ)


 ミオが横から書類をのぞき込む。


「え、何これ。扶養家族の欄とかあるんだけど」


「見んな」


「だって気になるじゃん。職業欄『無職』って書いたの」


「事実だろ」


「せめて『探索者』って書けばいいのに」


「なんだよそれ」


「箔がつくって言ったじゃん」


「書類に箔とかいらねえだろ」


 ミオがカウンターに手をついて、さらに身を乗り出す。


「あ、ここ、緊急連絡先。あたしの番号書いていいよ」


「書かねえよ」


「なんで。困ったら困るのあんたでしょ」


 職員が咳払いをした。


「確認は続けます」


 レンはペンを置いた。


 職員が書類をめくる。


 判子を手に取った。


 書類の端に、ひとつ、強く押す。


 赤い印が残った。


 職員が書類を揃えながら、周りを一度見た。


 それから声を落とした。


「実は、この認定に反対している方もいらっしゃって……」


 ミオの顔色が変わった。


 カウンターに手をつく。


「え、誰がですか」


 職員は首を振るだけだった。


「まあ、いるだろうな、そういうの」


 ミオが横で「え、それでいいの」と小声で言う。


「よくはねえよ。でも聞いたところで出ねえだろ」


 職員は軽く頭を下げた。


「次の確認は、また連絡します」


 書類を引き取って、奥へ下がっていく。


 レンはカウンターを離れた。


 ミオが慌てて後ろをついてくる。


 廊下の角の手前で、声が聞こえた。


「調査部の常磐さん、認定の手続きに異議を出したらしい」


「正式に?」


「書類で。本気だよ、あの人」


 ミオの足が止まった。


 袖をつかまれる。


 レンは歩みを緩めた。


「……異議って、なんだよ」


 声は小さく落とした。


 ミオが首を振る。


「知らない。今の、聞いただけ」


 角の向こうで、職員の声が続いていた。


 角の向こうから、職員が2人出てきた。


 片方は紙コップを持っていた。


 レンと目が合う。


 2人とも足を止めた。


 紙コップを持つ手が、わずかに揺れる。


「……どうも」


 声は半分だけ出て、すぐ消えた。


 もう1人は何も言わず、軽く会釈をした。


 2人は早足で廊下を曲がっていった。


 ミオが小声で言った。


「今の、絶対あたしたちの話してたよ」


「だな」


 レンは廊下の先を見たまま言った。


(いや、本気出すとこそこかよ)

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