↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20歳、無職フリーターがダンジョンで迷子になったら、魔物が全員土下座していたらしい  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/41

上の人たち




 同じ日の午後。


 迷宮協会の施設、最上階の会議室。


 長机が四角く並べられ、窓のブラインドは半分まで下りていた。


 中央に置かれた紙の束を、数人が順に回している。


 部長が最後の頁をめくり終えた。


 紙を机に置く。


 音だけがやけに大きく響いた。


「十文字レン」


 部長の声は低い。


「この人物の扱いについて、この場で決める」


 窓の外は曇っていた。


 ブラインドの隙間から灰色の光が差している。


 誰も返事をしない。


 理事が腕を組んだまま天井を見た。


 末席で、常磐は膝の上に両手を置いたまま動かない。


「試験記録は正式に受理された」


 部長は紙の束に手を置く。


 空調の音だけが流れる。


 理事がようやく口を開いた。


「まだ結論を急ぐ段階ではない」


 声は静かだった。


「だが、放置もできない」


 部長が頷く。


 誰かが息を吐いた。


 常磐は背筋を伸ばしたまま、ただ前を見ていた。


「前例がない」


 理事が続けた。


「服従反応の原理も分からない」


 紙の束を指で押さえる。


「その者を協会が公式に特別扱いするのは危うい」


 窓際の部長が顔を上げた。


「同接14万です」


 声は静かだった。


「切り抜きは、合計で1,200万回を超えています」


 資料の端を指で叩く。


「協会が何も決めなければ、世間が勝手に決めます」


 窓際の部長が手元のリモコンを取った。


 壁のモニターが点く。


 白い試験場の映像。


 白線の内側に立つ背中。


 背中は天井を見上げている。


 獣が床に頭をつけている。


 スピーカーから、声が流れた。


「べつに、認めてもらわなくてもよかったんすけど」


 部長が資料を持つ手を止めた。


 理事の組んだ腕が、わずかに解ける。


 誰も笑わない。


 誰も何も言わない。


 窓際の部長がもう一度リモコンを押した。


 モニターが消えた。


「世間が決めることと、協会が決めることは違う」


 理事は動じない。


「格付けは我々の仕事だ」


「遅れれば意味を失うのも我々の仕事の結果です」


 窓際の部長が重ねた。


「試験記録は、すでに受理されています」


「受理と認定は違う」


 理事がすぐ返した。


「そこを混ぜてはいけない」


 窓の外で雲が動いた。


 灰色の光が机の上をゆっくり横切る。


 誰も常磐を見ない。


 常磐も誰も見ていない。


「決められない理由を探すのは簡単です」


 窓際の部長が言った。


「では決めたあとの責任は」


 理事が静かに返す。


 空調の音だけが、しばらく流れた。


 理事が常磐を見た。


 紙の束を指で押さえたまま。


「立会人には、協会の外の人間もいた」


「協会が記録を否定すれば、外の記録と食い違う」


 紙の端を指でなぞる。


「だが、現場の調査官が疑義を出すなら」


「保留にする理由にはなる」


 常磐はまだ答えない。


 部長の目が末席へ向いた。


「常磐君」


 常磐は顔を上げた。


「現場で見たのは君だ」


 部長の声は低いままだった。


「どう見た」


 常磐の指がネクタイの結び目に触れた。


 軽く引いて、すぐに直す。


 口がわずかに開いた。


 何か言いかけて、やめる。


 常磐は膝の上の両手を見た。


「……記録のとおりです」


 それだけだった。


 部長はしばらく常磐を見ていた。


 常磐はもう何も言わなかった。


 理事が紙の束から1枚を抜いた。


 常磐の字で書かれた試験記録の書式。


 指が欄をたどる。


『やらせの疑いあり』の欄で止まる。


 空白のままだった。


 理事は何か言いかけて、やめた。


 書式を束に戻す。


 指を離す。


 部長が腕を組んだ。


「前例のないものは、前例のない枠で扱うしかない」


 声は低いままだった。


「十文字レンを、異例のイレギュラー種別として扱う案を」


 部長は紙の束に手を置く。


「この場で提示する」


 理事が顔を上げた。


 窓際の部長が資料の端を指でなぞる。


 部長はひとつ息を吐く。


「結論は次に持ち越す」


 紙の束を閉じた。


「ただし、この方向で詰める」


 誰も反論しない。


 末席で常磐は膝の上の両手を見ていた。


 部長が立ち上がる。


 他の者も、続いて立ち上がる。


 革靴の音が出口へ向かう。


 ドアが閉まった。


 会議室に、常磐だけが残っていた。


 常磐は動かなかった。


 紙の束が机の上に残っている。


 常磐はようやく立ち上がった。


 指がネクタイの結び目に触れる。


 軽く引いて、直した。


「……今回だけは、だ」


 声は、誰もいない会議室に落ちた。


◇


 その夜。


 ミオは自分の部屋のベッドに寝転がって、スマホを見ていた。


 LINEの通知が1件。


 送り主は計測担当の職員だった。


 試験のあと、廊下で連絡先を交換した相手だ。


『ここだけの話』


 文面は短い。


『上の会議で、十文字さんの扱いで割れてるらしい』


『特別な枠を作る方向みたい』


 ミオはベッドから跳ね起きた。


 スウェットの裾がシーツにからまる。


「うそでしょ」


 声が部屋に響いた。


 心臓がうるさい。


(待って待って待って)


(正式に決まったわけじゃない。まだ)


 ミオはスマホを握り直した。


 返信欄を開く。


 指が震えて、文字が打てない。


 ミオは返信をやめて、レンの番号を押した。


 呼び出し音が5回鳴って、ようやくつながる。


「……なに」


「ねえ、聞いて。協会の中でも割れてるらしいよ、あんたの扱い」


 電話の向こうで、あくびの音がした。


「知らねーよ、そんなの」


 声が眠そうだった。


「あんたのことでしょ!」


 スマホを握る手に力が入る。


「俺が決めてんのかよ」


「決めてないけど! ……連絡、まだ来てないの?」


「来てねーよ」


「そっか」


 ミオはベッドの上で膝を抱えた。


「……あ」


 レンの声の調子が、少しだけ変わった。


「なんか来た。協会から、メール」


「え、読んで。今すぐ読んで」


 電話の向こうで、レンが小さく息を吐いた。


「……『近日中に、正式な認定について通知します』」


「認定って言った!?」


 ミオはベッドの上で膝を立てた。


「言ってねえ。書いてある」


「同じじゃん!」


「違うだろ」


 ミオはシーツの上で足をばたつかせる。


「で、それだけ?」


「それだけ。もう寝る」


「え、待って、まだ――」


 画面を見る。


 通話が終了していた。


 画面が暗くなる。


 数秒後、LINEの通知が鳴った。


 レンからの画像。


 スクリーンショットだった。


 差出人の欄には『迷宮協会』とだけある。


 本文は1文だけ。


『近日中に、正式な認定について通知します』


(認定)


 ミオはその文面を見つめた。


 指が画面に触れたまま動かない。


 通知がもう1件。


『認定ってなんだよ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。