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20歳、無職フリーターがダンジョンで迷子になったら、魔物が全員土下座していたらしい  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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素人が




 迷宮協会 調査部 調査官。


 協会公認探索者、ランクB。


 常磐。


 名刺にはそれだけ書いてあった。


 メールから2日後。迷宮協会の応接室。


 名刺から顔を上げる。


 向かいのソファに男が座っていた。


 背筋を伸ばし、膝の上で指を組んでいる。


 仕立ての良いスーツ。


 折り目の位置まで整っている。


 ネクタイの結び目は、定規で測ったみたいに真ん中だ。


(テレビに出てくる官僚って、こういう顔してるよな)


 レンは自分の膝を見る。


 着古したパーカーの袖口がほつれている。


 寝癖はたぶんまだ直っていない。


 隣では、ミオが背筋を伸ばして座っていた。


 膝の上に両手を置いて、指をぎゅっと組んでいる。


(お前まで借りてきた猫みたいになってどうすんだよ)


 ミオが常磐から目を離さないまま、身じろぎもせずに囁いた。


「……調査部の調査官。しかもランクBの探索者。あたしの配信、3年やっててもランクBの人と会ったことない。ランクBってだけで普段なら絶対会えない人」


 レンは気のない声で返す。


「Bってどんくらいだよ」


「Aの下。Sの下。それでも、普通は会えない人なの」


 レンは正面の男へ視線を戻した。


 常磐は背筋を伸ばしたまま、まばたきの少ない細い目でこちらを見ている。


(あ、これ面倒くさいやつだ)


 常磐がゆっくりと脚を組み直した。


 革靴の先がテーブルの脚に当たらない。


 音ひとつ立てない。


 口がわずかに開きかける。


「先日の“実演”とやらを拝見しましたがね」


 常磐の声は静かだった。


「試験用モンスターが君の前で伏せた。報告書にもそうあります」


「はぁ」


「しかし、訓練された個体です。指示次第では、ああもなります」


 常磐は膝の上で指を組み替えた。


「さらに言えば、協会内に君へ便宜を図った職員がいた可能性も、確認中です」


「へぇ」


「やらせと断じるのは尚早ですが、コネによる忖度の線もまだ消えてはいません」


「そうすか」


 ミオが隣で唇をぎゅっと結んだ。


 常磐はレンの着古したパーカーに目を落とした。


「我々は、検証された前例しか信じませんのでね」


 常磐は湯呑みに手を伸ばした。


 指先で縁をなぞるだけで、持ち上げはしない。


「検証されていないものを、協会が認めるわけにはいかないのだよ」


「へぇ」


「訓練室の警備用モンスターの件も、映像がない以上証拠にはならん」


「そうすか」


 常磐は手元の報告書を1枚めくる。


 紙の音だけが、妙に大きく響いた。


「次の試験で同じことが起きなければ、これまでの結果は“やらせの疑いあり”として記録に残す」


「はぁ」


「試験の日程は、追って連絡する」


 常磐が顔を上げる。


 細い目が、レンの寝癖のあたりで止まった。


「君に拒否権はないと思い給え」


 ミオが隣で、膝の上に置いた両手をぎゅっと握った。


 指先が白くなっている。


 レンはソファの背にもたれたまま、天井を見た。


(長い。帰りてぇ)


 常磐は報告書を閉じた。


 音を立てず、テーブルの端に揃えて置く。


「正式な、私が直接監督する格付け試験を受けていただく」


「で、金は出るんすか」


 常磐の指が止まった。


 一拍。


「報酬は、規定の範囲内でしかるべき手続きの上」


「しかるべきってなんだよ」


「私の一存では、約束できません」


(答えられないんじゃなくて、答える気がないだけだろ)


 常磐は湯呑みに口をつけ、テーブルに戻した。


 それから、一拍。


「素人が」


 応接室の空気が、少しだけ冷たくなった。


(出た)


 レンは湯呑みを両手で持って、まばたきをした。


 隣で、ミオの膝が、ぐっと浮きかけた。


「……」


 ミオは何か言いかけて、口を閉じた。


 常磐は膝の上で指を組み直す。


 視線は、レンのパーカーの胸元あたりに止まっている。


「はぁ」


 レンは湯呑みを一口すすった。


「はいはい」


 常磐の眉がほんのわずかに動いた。


 拍子抜けした顔だった。


 ミオが腰を下ろす。


◇


 廊下に出ると、ミオが足音を立てて歩き出した。


「感じ悪いんだけど、あの人」


 レンはポケットに手を入れたまま歩く。


「別にいいだろ、どうせ変わんねーし」


「変わんないって、あんたさっき言われっぱなしだったじゃん」


「言われっぱなしで済むなら安いもんだろ」


 ミオが大股で半歩前に出る。


「あたし、あの『素人が』で1回殺意湧いたんだけど」


「湧くな」


「湧くでしょ普通」


 ミオが振り返ってレンを睨む。


 レンは目を合わせずに歩き続ける。


 ミオが足を止めた。


「ねえ、やらせの疑いありって記録に残るって言ってたよね」


 声が急に小さくなっている。


「あれ、もし本当に残ったらさ」


「残るんじゃねえの。あの人の顔、残す気満々だったぞ」


「あたしのチャンネル、やらせのレッテル貼られるよ」


 ミオがスマホを握り直す。


「切り抜きも企画も止まる。24万まで伸びたのに、一気に信用ゼロになる」


「へぇ」


「あと、あの話」


「どの話」


「2人で迷宮入るやつ。事務所の人が言ってた、日当4万の探索配信」


 レンの足が止まった。


「あれも、やらせ疑惑がついたら消えると思う」


「4万なくなんの?」


「そこ!?」


 ミオが振り返ってレンを指さす。


「名誉とか評判とか、そういうの気にしないの!?」


「べつに、そういうつもりはないんだけど」


 レンはポケットに手を突っ込んだまま、天井を見た。


「4万はでかい」


「いや分かるけど、もっとこう、あるでしょ」


 ミオが両手を広げる。


「あたしのチャンネル人生がかかってるんだよ」


「チャンネル人生ってなんだよ」


 ミオは答えず、スマホの画面を下へ流した。


 コメント欄に『やらせ』の文字が混じっている。


「これ、1回ついたら消えないんだよ。切り抜きのコメント欄、もうちょっとずつ荒れてる」


 レンはスマホを覗き込まない。


「大丈夫だろ」


「根拠は?」


「ない」


 ミオが深いため息をついた。


「ないんかい」


 レンは寝癖のあたりを手のひらで押さえた。


 それから、ゆっくり頭をかく。


「めんどくせぇな」


 廊下の先で、空調の音だけが低く鳴っている。


 ミオは前を向き直った。


 口を開いて、また閉じる。


 拳を握ったまま、まだ何か言い足りない顔をしていた。


 応接室のドアが、半分だけ開いていた。


 中から、常磐の声が漏れてきた。


「ええ、はい。報告書はまとめておきました」


「訓練された個体です。指示次第でああなりますよ」


「ええ。次の試験は、私が直接監督します」


「検証された手順で、必ず白黒つけます」


「やらせでもコネでも、私の前で同じ手は通じませんのでね」


 ミオの足が止まった。


 ドアを睨んでいる。


 レンは歩きながら、短く言った。


「知らね」


「素人が、妙な夢を見ただけですよ」

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