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20歳、無職フリーターがダンジョンで迷子になったら、魔物が全員土下座していたらしい  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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日当につられて




 スマホが震えたのは、朝の7時だった。


 早い。


 早すぎる。


 寝癖を押さえながら画面を見る。


 雨宮ミオ。


【おはよ! 今日、忘れてないよね?】


【集合は12時。協会の前ね】


(忘れてないっていうか、まだ行くって言ってねーんだけど)


 既読だけつけて、天井を見た。


 家賃3万8,000円。あと9日。


 口座は2,000円を切っている。


(1万円あれば、とりあえず……とりあえず何だ)


 計算する。


 時給1,100円のバイトで、9時間。


 それが今日1日、ただ歩くだけで手に入る。


(怪しくねーか、それ)


 怪しい。


 でも、怪しくない仕事の方が先週切られた。



 レンは通話ボタンを押した。


 1コール目で出た。


「もしもーし! 来てくれるの?」


「まだ行くとは言ってない」


「でも電話してきたってことは」


「金の話だけ聞くって言ったろ」


「言ってたね!」


 声が明るい。朝から。


「1万円。マジで払うんだな?」


「払う払う」


「現金?」


「振り込み。終わったらその日のうちに」


「その日のうちって何時だよ」


「細かっ」


 笑い声が返ってきた。


 悪気がなさすぎて、怒る気も失せる。


「あと1個。危なくねーのか」


「1階層でしょ。子供の遠足レベルだって」


「遠足で死ぬやつはいねーけどな」


「死なない死なない。あたし300回は潜ってるし」


「それが多いのか少ないのか分かんねーんだよ」


「顔と名前は出さないから。映るだけでいいの」


「映るだけ」


「そう。立ってて」


「立ってるだけで1万」


「立ってるだけで1万」



 レンは目を閉じた。


 うまい話には裏がある。


 それはそうなのだが。


(裏があっても、今月の家賃には勝てねーんだよな)


「……分かったよ」


「やった!!」


「うるせぇ」


「12時ね! 遅刻したら日当半分!」


「はぁ? 聞いてねーぞそれ」


 通話は切れていた。


 勝手に条件を足された。


(まあ、金のためだしな)


 自分に言い聞かせて、レンは布団から這い出た。



◇



 迷宮協会の支部は、駅前の古いビルの1階にあった。


 12時5分前。


 入口の脇で、ミオがぶんぶん手を振っている。


「来た! ほんとに来た!」


「来るっつったろ」


「言ってないよ。分かったよ、しか言ってない」


「同じだろ」


「同じじゃないの。人間は分かったよって言ってバックレる生き物なの」


「どんな人生送ってんだよお前」


 ミオは笑って、レンの背中を押した。


 自動ドアが開く。


 役所の匂い。


(……ちょっと落ち着くな、これ)


 書類の匂いだ。


 こういう場所は、嫌いじゃない。


 窓口の順番待ちの列を、ミオはするっと飛ばした。


(並んでる人いるけど、いいのかこれ)


「すみませーん。同行者の届出お願いします」


「はい、ご――」


 受付の女性が顔を上げて、固まった。


「あ、雨宮ミオさんですか!?」


「はい」


「いつも見てます! 先週の深層のやつ、3回見ました!」


「え、ほんと? ありがとー」


 窓口の空気が変わった。


 隣の窓口の職員まで、こっちを見ている。


 レンはその横で、パンフレットを眺めていた。


『はじめての迷宮 ~安全な探索のために~』


 表紙のイラストが妙に明るい。


「レン、書いて」


「ん」


 渡された紙は同行者届だった。


 名前、連絡先、緊急連絡先。


 その下に、太字で小さく一文。


 ※迷宮内での事故・負傷について、協会は一切の責任を負いません。


 レンのペンが止まった。


「なあ」


「ん?」


「一切って書いてあるけど」


「定型文だよ定型文」


「死んだら?」


「死なないから」


「死んだらって聞いてんだよ」


「……ちゃんと書いてあるでしょ。一切って」


「1万円で?」


「1階層だって! ほんとに大丈夫!」


 ミオが顔の前で手を振る。


 その横で、受付の女性がにこにこしている。


「大丈夫ですよ。1階層で事故があったって話は、ここ半年ありませんから」


「半年は、あるんですね」


「レン!」


「いや、聞いただけだろ」


 結局、書いた。


 名前だけ。


 緊急連絡先は空欄で出した。


(連絡する相手、いねーし)



 装備は奥のロッカーで渡された。


 ヘルメット。膝当て。軍手。


 あと、ちょっと長めの警棒。


「初心者用の一式です。返却は帰りに」


 レンはヘルメットをかぶった。


 黄色い。


 サイズが微妙に合っていない。


「……工事現場じゃん」


「切り抜かれるよ、それ」


「やめろ」


 ミオは自前の装備だ。


 白と水色の軽装で、肩にカメラ。


 こっちは完全に映え仕様だった。


 膝当てのベルトと格闘していると、ミオがスマホを見ながら言った。


「今月の伸びでさ。次の企画の話、決まるらしいんだよね」


「ふーん」


「大手だよ大手。通れば来年まで安泰」


「へー」


「通らなかったら」


 そこで、ミオの声が少し落ちた。


「配信者ってさ。賞味期限あるんだよね」


「牛乳かよ」


「牛乳より短いよ」


「マジか」


 ベルトが、やっと留まった。


「同じことやってたら、3か月で飽きられるの。だから――」


「あ、これ逆じゃね? 膝当て」


「聞いてる!?」


「聞いてる聞いてる。牛乳より短いんだろ」


「そこだけじゃん!」


 画面をぱっと伏せて、ミオはいつもの声に戻った。


「まあいいや。行こ」


 レンは膝当てを付け直しながら思う。


(今、なんか大事なこと言ってた気がするな)


 気がするだけだった。



◇



 迷宮の入口は、河川敷の空き地にあった。


 黄色いテープ。


 立入禁止の看板。


 その真ん中に、穴。


 地面に丸く開いている。


 直径は3メートルくらいだろうか。


 縁には錆びた鉄の階段が付いていて、覗き込んでも底が見えない。


 空気がゆらゆら揺れている。


 夏の道路みたいに。


 冷たい風が、下から吹き上げてくる。


 湿った土と、鉄の匂い。


 レンは穴の縁に立って、腕を組んだ。


「……で?」


「で? って」


「これだけ?」


「これだけって」


「もっとこう、ドカーンとした門とか、あるもんだと思ってた」


「ゲームのやりすぎ」


「やってねーよ。金ねーし」


 穴をもう1回覗く。


「思ったよりショボいな」


「いや、これでも十分ヤバいから!」


 ミオが食い気味に返す。


「見てよこの揺らぎ! この深さ! 普通の人間、ここ来たら足すくむんだって!」


「へー」


「へーじゃなくて!」


「穴だろ」


「穴だけど!!」


 入口の脇では、協会の職員が1人、パイプ椅子に座ってスマホをいじっていた。


 こっちを見もしない。


 いや。


 レンが横を通った瞬間、職員の手が止まった。


 スマホが、膝の上に下りる。


 背筋が、ちょっとだけ伸びた。


 目が合うと、職員はぱっと視線を逸らして咳払いした。


(俺、何もしてねーぞ)


 してない。


 立っていただけだ。


「あんた、ほんと温度低いね」


「そっちが高すぎんだよ」



 ミオは大きく息を吐いて、肩のカメラを構えた。


 ランプが赤く光る。


「配信始めるね。顔は映さないから、後ろ向きで」


「おう」


「テンション上げろとは言わない。普通にしてて」


「最初からそのつもりだ」


「それが不安なんだよなー」


 ミオがスマホの画面を確認する。


 ほんの一瞬、眉が寄った。


 同時視聴者数、14人。


「14……」


「少なくね?」


「昼過ぎは少ないの!」


「90万人いて14人?」


「うるさい! ……昼過ぎは少ないの」


 画面にコメントが流れる。


《きた》


《今日ソロじゃないの?》


《後ろの人誰》


「はい、どうもー。ミオです」


 声が一段明るくなった。


 スイッチが入ったみたいに。


「今日は特別ゲストと一緒に潜ります! 顔出しNGなので、背中だけ楽しんでね」


《ゲスト?》


《背中w》


《パーカー着古しすぎだろ》


《でもなんか、立ち方が偉そう》


《それな》


「レン、見えてないから言うけど、今めっちゃ言われてるよ」


「見せなくていい」


「はいはい」



 ミオが階段の一段目に足をかける。


 カメラを、まっすぐ暗闇に向ける。


 息を吸って。


「それじゃ、行きます」


 ひと呼吸。


「迷宮、入ります!」


 ミオの背中が、階段の下へ沈んでいく。


 レンは穴を見下ろした。


 底の見えない暗闇。


 冷たい風。


《後ろの人、やけに堂々としてない?》


「……帰りてぇ」


 ぼやきながら、レンも階段に足をかけた。

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