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20歳、無職フリーターがダンジョンで迷子になったら、魔物が全員土下座していたらしい  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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19/44

協会、動く




 ゲートの奥で、爪が床を引っかく音がした。


 奥の方に、赤い目がいくつも光っている。


 2階の見学席が、わずかに動いた。


 レンは動かなかった。


(立ってりゃいいんだろ、立ってりゃ)


 ゲートの縁に、影が重なる。


 ミオが息を吸ったまま止める。


 2階の記者がペンを握り直した。


 赤い目が、線の内側へ滑り出る。


 1つ、2つ、3つ、4つ。


(向こうから来るなら、楽だ)


 4体の獣が、一斉に床を蹴った。


 先頭の1体が、レンに飛びかかる。


 距離が3歩になった。


 その1体が、急に止まった。


 鼻先が、レンの靴のつま先に触れそうなところで、空中で固まる。


 後ろ足が、ばたんと床に落ちた。


 そのまま、腹を床につけた。


 2体目が横から飛び出した。


 距離が2歩。


 同じところで止まる。


 前足を伸ばしたまま、床に倒れ込む。


 3体目。


 距離が1歩。


 止まる。


 尻尾を巻いて、頭を床にこすりつける。


 4体目は、レンの5歩手前で足を止めた。


 ぐう、と喉が鳴る。


 床に腹をつけなかった。


 後ろ足を浮かせたまま、じりじりと後退りする。


 距離が10歩、20歩と開く。


 4体目は、会場の隅まで下がって、そこで震えて動かなくなった。


 試験官がクリップボードを下げた。


 手が止まっている。


 見学席が静まり返った。


 2階の記者が、メモ帳を握りしめたまま固まっている。


 胸当ての男が、かすれた声で言った。


「……なんだよ、あれ」


 さっきまで腕を組んでいた男だ。


 今は両手がだらりと下がっている。


「やらせの、はずだろ」


 ロゴ入り手袋の男が、自分に言い聞かせるように言う。


 声が震えていた。


 レンの斜め後ろの受験者は、唇を噛んだ。


 さっき、「あれで受けに来たのかよ」と言った男だ。


 今は、その言葉を飲み込んでいる。


 レンのヘルメットから目が離せない。


 黄色いプラスチックの丸みが、やけに大きく見える。


 誰も、さっきの陰口を続けない。


 聞こえるのは、ミオのカメラが拾った、小さな通知音だけ。


 コメントが流れるたびに、ぴ、ぴ、と微かに鳴る。


 レンは3人に気づいていた。


 何も返さない。


 レンは中央に立ったまま、足元の3体を見下ろしていた。


 ミオが、三脚の後ろで画面を覗き込む。


 コメントが、さっきまでの倍の速さで流れていた。


《は?》


《え、立ってるだけで伏せた?》


《やらせって言ってたやつ、息してる?》


《え、これマジで背中の人効果なの?》


《効果ってなんだよ》


《背中の人、一歩も動いてないけど》


「え、待って待って」


 ミオが小声で繰り返す。


「……9万」


《やらせ乙って書いた俺の立場》


《謝る》


《切り抜き待ち》


「12万」


「見てねぇ」


「15万超えた! ねえ見た!? 今の!」


「うるせぇ、声」


 ミオが慌てて口を押さえた。


 試験官が、小さく咳払いをした。


「……こんな結果、規定にありません」


 声が、静まった場内に落ちた。


 2階の見学席で、年配の男と、部長クラスらしい男と、記録係の女が顔を寄せ合った。


「部長」


「仕込みを疑う声も出るぞ」


「しかし、映像は残っています」


「映像を出して、再度確かめるべきだ」


「偶然かどうか、確かめる必要があるでしょう」


 記者が隣に囁く。


「警備用モンスターの件、本当だったのか」


 さっき証拠にならないと言った職員が、口を結んだ。


 部長クラスの男が、声を低めた。


「もし本物なら、このまま放置する方がリスクです」


 年配の男は、まだ決断しない。


 レンは足元の3体と、隅で震える1体を順に見た。


 それから試験官に顔を向けた。


「はいはい、これで終わりでいいすか」


 気だるい声だった。


 試験官がクリップボードから顔を上げた。


「……少々お待ちください」


「で、受かったんすか」


 試験官の手が止まる。


「報酬は?」


「……それは、後日改めて」


「は?」


「合格とは言っていません」


「受かったんだろ」


「判定は保留です」


「保留ってなんだよ」


 2階で、年配の男が立ち上がった。


「これは、正式な調査対象として上に報告する必要がある」


 場内がまた静まる。


 試験官がクリップボードを閉じた。


「1番の方」


「……はい」


「今回は、協会内の調査対象として扱います」


「正式な認定の試験は、別です」


「別ってなんだよ」


「後日、改めてご連絡します」


 試験官はそれ以上、答えなかった。


 レンは線の外へ出た。


 試験官が列の方を向く。


「では、2番の方」


 胸当ての男が、一歩目を出そうとした。


 足が、床の上で固まる。


 さっきまで軽口を叩いていた口が、半開きのまま動かない。


 視線が、レンの背中と、隅で震える4体目を行ったり来たりする。


 喉が、ごくりと鳴った。


 膝がわずかに震えている。


(さっきまで人のヘルメット見て笑ってたの、どっちだよ)


 レンは何も言わずに、ミオのところへ歩いた。


 三脚の後ろで、ミオが口を押さえていた。

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