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20歳、無職フリーターがダンジョンで迷子になったら、魔物が全員土下座していたらしい  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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18/44

見世物




 午前9時40分。


 迷宮協会の試験場。


 見学の申込は、過去最多。


 前日の夜、協会から連絡が来た。


 撮影は可。


 ただし、協会が指定した位置から。


 ミオはそれを3回読み返した。


「指定の位置ってどこ」


「知らね」


「またそれ」


 入口の自動ドアが開く。


 冷気が漏れ出してくる。


 受付のカウンターに、職員が1人座っている。


「受験者の方ですね」


「……そうすけど」


 受験票をスマホの画面に映す。


 職員は1秒で確認して、通路を指した。


「案内沿いに奥までどうぞ」


 廊下には、人が並んでいた。


 見学の職員と、記者と、首からIDをかけた誰かが。


 レンは立ち止まった。


「……多すぎだろ」


「すごい並んでる」


 歩き出す。


 靴底がリノリウムの床をぺたぺたと鳴らす。


 廊下の突き当たりに、扉が1枚。


 試験場。


 レンは扉の前に立った。


 ミオが後ろでカメラのキャップを外した。


 中から話し声が漏れている。


 ミオが三脚の脚を広げた。


 指定された位置は試験場の隅。


 床に白いテープが1箇所。


「ここから全部見える」


 ミオがレンズの角度を直す。


 試験場は体育館ほどの広さ。


 2階の見学席がぎっしりだった。


 職員。記者。メモ帳。


(……見世物かよ)


 足が止まった。


 ミオがカメラの電源を入れた。


 赤いランプが点く。


「……繋がった」


 コメントがもう流れている。


《背中の人きた》


《やらせ見に来た》


《試験とか草》


 流れる速度が速い。


 同接の数字が右上にある。


 ミオが小声で囁いた。


「……6万超えてる」


「前より多い」


 レンはそれだけ言った。


 警棒が腰で動かない。


 使ったことのないやつだ。


「あんた映ってるよ」


「わかってる」


「レン、格付け試験に挑む」


 ミオが配信タイトルを小声で読み上げた。


 レンは三脚の脚を睨んだまま、息だけで言った。


「挑むって」


「え、だめ?」


「……おう」


 ひそひそ声が、斜め上から降ってくる。


「あれが例の」


「案外普通だな」


 シャッター音がパパパと3連発した。


 レンは顔を上げなかった。


 肩が1ミリだけ上がる。


 ミオが画面の端を指差した。


 コメントが流れている。


《黄色いヘルメット草》


《あの結束バンド公式化しないの》


 ミオの目がコメントを追っている。


「あ、『背中の人』トレンド入ってる」


「入ってなくていい」


「入ってるんだってば」


 2階からまた声が落ちてきた。


「警備用モンスターもひれ伏したって本当か」


「報告書は見たが」


「あの時の動画ないんだろ、撮影禁止で」


「じゃあ証拠にならないな」


(証拠って、俺が罪犯したわけじゃねぇよ)


 声は小さい。


 コンクリートに反響して、全部聞こえる。


(防音材貼ってからやれよな)


 シャッター音がまた鳴った。


 レンは舌打ちを1つ、噛み殺した。


「コメントすごいよ。今7万」


「見てねぇ」


「見てないふりしてる」


「ふりじゃねぇ。見てねぇ」


 2階から声が降ってきた。


「背中の人さん一言お願いします」


 記者が身を乗り出している。


 レンは顔を上げなかった。


「……人違いじゃないすか」


「本人かよ」


「いや違うだろ」


 ひそひそ声が交差する。


 ミオが肩を震わせている。


 口元を手で覆っていた。


 2階の見学席がざわついている。


 試験官が前に出た。


 試験官は見学席を仰いだ。


「見学の方は私語をお控えください」


「撮影は協会が指定した位置のみです」


 2階が、少しだけ静かになる。


 シャッター音が2つ、間を置いて鳴った。


 試験官が受験者の方へ向き直る。


「では、説明を始めます」


 試験官がクリップボードを持ち替えた。


「1名ずつ順に実施してもらいます。複数体の試験用モンスターと対峙してもらい、危険と判断した時点で職員が介入します」


 試験官がクリップボードの端を叩いた。


「制限時間内に場内の線の外へ出ないこと」


「見学の職員が記録を取ります」


 受験者の1人が小さく息を呑んだ。


 レンは黙って聞いていた。


(線の外に出るなってことか)


 受験者の列が少しだけ揺れた。


「あの、順番は」


 受験者の1人が手を挙げた。


「1番の方からお願いします」


(やっぱりか)


 列の前の方に、新品の胸当ての男がいる。


 隣に、ロゴ入りの高そうな手袋の男が立っている。


 2人はレンの方を見て、声をひそめている。


(ひそめてねぇよ)


「どうせやらせだろ」


「コネで特別扱いされてるだけだろ」


 胸当ての男が腕を組む。


 手袋の男が顎をしゃくる。


 レンは軍手を握り直した。


(別に頼んでねーのに)


 試験官はクリップボードを見たまま、何も言わない。


 2階からシャッター音が1つ、落ちてきた。


 レンの斜め後ろに並んだ受験者が、レンの頭を見た。


「あれで受けに来たのかよ」


 レンは返さなかった。


 あごひもの結束バンドを親指で弾く。


 ぺりっと乾いた音がした。


 ミオの口が開いた。


 レンが目を振った。


 ミオの口が閉まる。


(うるせぇな)


(来てるだけで文句言われんの俺だけだろ)


 あごひもが首に食い込んだ。


 レンは顎をずらした。


 食い込んだままだ。


 靴の中で、足の指に力が入った。


 ぐ、と5本が床を掴む。


 息を1つ、長く吐く。


 2階の視線は変わらない。


(……帰りたい)


 ミオがレンの袖を小さく摘んだ。


「大丈夫?」


「別に」


 試験官が試験場の中央を指した。


「では、所定の位置へ」


 レンは中央に立った。


 靴底がコンクリートを踏む。


 ミオが三脚の後ろから小声で言った。


「ケガしないでよ」


「ああ」


(合格したら報酬が上がるんだっけ)


(さっさと終わらせたい)


 ミオが画面をちらりと見た。


 息が止まる。


「……8万」


 声が漏れた。


 レンの耳に届いた。


 届いたが返さない。


 足元の白い線を見る。


 線は真っ直ぐだ。


《やらせ》


《がんばれ》


《やらせ》


《がんばれ》


 コメントが半々に割れている。


 速度が上がっている。


 ミオが画面から目を離した。


 レンの背中を見ている。


 レンは線を見ている。


 ヘルメットの内側が蒸れている。


 2階が咳を1つ。


 ゲートが低い音を立てた。


 奥の闇から、影が揺れる。


 複数。


 数は分からない。


 レンは中央に立ったまま、軍手を握り直した。


(別に)


 ミオがカメラを握りしめた。


 2階が静まった。


 試験官が右手を上げた。


「始め」

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