格付け試験の打診
親指で、件名を押した。
画面が切り替わる。
本文は短かった。
十文字様 先日はご協力ありがとうございました。 格付け試験の件で、ご連絡いたします。 本日の午前中に、こちらからお電話します。
それだけだった。
「例の」の中身は、どこにも書いてない。
(電話するなら、メールの意味ないだろ)
下に流しても、何も出てこない。
署名の代わりに「迷宮協会」の4文字が1行あるだけだ。
(午前中って、今もう午前中だぞ。いつ来るんだよ)
冷蔵庫が低く唸った。
レンは布団の上であぐらをかいて、スマホを膝に置いた。
待つのは嫌いだ。
かといって、6畳の部屋に逃げ場もない。
(もやしでも茹でとくか)
台所に行きかけた、その瞬間だった。
スマホが震えた。
着信。
表示は「迷宮協会」。
(早ぇよ)
3コール分、出ない道を考えた。
考えたところで、行き先がない。
4コール目で、通話のボタンを押した。
「……はい」
「十文字さんのお電話でしょうか。迷宮協会の者です」
「あ、はい。そうすけど」
「朝からすみません。メールはご覧いただけましたか」
「今、見ました」
「ありがとうございます」
「電話しますって書いてあっただけですけど」
「文面で残す決まりでして」
(じゃあ本文に中身を書けよ)
口に出すのはやめた。
かかってきたこと自体は分かる。
分からないのは中身の方だ。
「で、例のって、なんすか」
電話の向こうで、紙をめくる音がした。
「先日の実演について、報告書が上がりました」
「はあ」
「それを受けて、協会内で、正式に格付けをしておくべきではないかという話が出ております」
「正式に、格付け」
「はい。格付け試験にお越しいただけないか、というご相談です」
レンは天井を見た。
「……例のって、俺の知らないとこで決まってたんすか」
「決まったわけではありません。あくまでご相談の段階です」
「相談の件名に『例の』って付いてるの、決まってる人の言い方じゃないですか」
「……内部で、そう呼んでおりまして」
「内部で」
「はい」
(人のことを内部で呼ぶな)
布団の端を指でつまむ。
「あの、別に探索者になりたいわけじゃないんですけど」
「承知しております」
承知してるなら電話してくるなよ、と思う。
「十文字さんの場合、理由は分かっておりませんが、警備用モンスターの反応は記録に残っています」
「はあ」
「ですので、一度きちんとした場で確認させていただきたいのです」
「確認って、どうやって」
「詳細は、お受けいただける場合にご案内します」
「あー」
通販の「詳しくはお問い合わせください」と同じ匂いがする。
「なお、格付けを受けられた方は、協会を通した依頼が受けられるようになります」
「依頼」
「はい。合格されれば、報酬体系も変わります」
「……報酬体系」
「はい」
レンはつまんだ布団の端をそのまま握った。
(今の4万より、上があるってことか)
(変わるって、上がる方だよな)
聞けば早い。
聞いたら、がっついてるみたいで嫌だ。
「お返事は、明後日までにいただければ」
「明後日」
「はい。お急ぎではありませんので、ご検討ください」
「……考えます」
「お待ちしております。失礼いたします」
通話が切れた。
レンは息を吐いて、スマホを耳から離した。
(急がないって言いながら、期限切ってんじゃねぇか)
画面に、通話時間の数字だけが残っている。
そこに、ぽん、と別の通知が重なった。
ミオだ。
『明日の午後、駅前のカフェね』
『4万ちゃんと持ってくから。忘れてないからね』
(なんで考えてることが分かるんだよ)
返信の欄を開く。
『協会から』と、打った。
その先が続かない。
電話で聞かされたことをLINEの1行にまとめる自信がない。
それに、明日会うなら、明日でいい。
『協会から』を消した。
『了解』とだけ送った。
すぐ既読がつく。
レンはスマホを枕の下に突っ込んで、もう一度布団に転がった。
◇
翌日の午後。
駅前のカフェは昼のピークを過ぎても席が埋まっていた。
ドアを開けた瞬間、豆を挽く匂いが顔に当たる。
奥の窓際で、ミオが手を挙げた。
テーブルの端に、小型カメラが立てかけてある。
レンズにはキャップがかぶさったままだ。
(撮らない日もあるのか)
「おそーい」
「午後としか言われてねぇし」
「あたし、30分前からいたし」
「頼んでねぇよ、そんな早入り」
レンは向かいの席にどさりと座った。
椅子の脚が床でごりっと鳴る。
店員が水を置きに来る。
「アイスコーヒー2つ。今日はあたしのおごりで」
「……おう」
(払う側の余裕ってやつか)
店員が離れると、ミオはショルダーバッグから白い封筒を出した。
「はい、約束の」
封筒がテーブルの上をすべってくる。
レンは中を覗いた。
1万円札を1枚ずつ抜く。
1枚、2枚、3枚、4枚。
「……ちゃんと4枚ある」
「でしょ? ねえ、忘れてると思ってたでしょ」
「思ってた」
「即答!」
「『払う払う』って2回言う奴は、疑うだろ」
「2回言ったのは、気持ちがこもってたからなんだけど」
レンは札を財布に移した。
空の封筒を四つ折りにして、パーカーのポケットに突っ込む。
(1万8,900に、4万で。5万8,900)
(財布が急に分厚い)
アイスコーヒーが2つ来た。
ミオは身を乗り出した。
「で、次の深い方の話なんだけど」
「その前に、話がある」
「え、なに。急に改まって」
「協会から電話あった。格付け試験、受けないかって」
「……」
「受かると報酬も変わるとか言ってた」
ミオの手がカメラのキャップに伸びた。
外しかけて、戻す。
「え、待って待って」
「待ってる」
「試験? 格付け? 協会が、あんたに?」
「俺に」
「いつ」
「それは聞いてない。返事は明日までだってさ」
ミオは椅子の上で、小さく跳ねた。
「うそでしょ。やった」
「やってねぇよ」
「だっておいしいじゃん。いい? 数えるよ」
ミオが自分の指を立てる。
「まず1つ。協会公認の格付けがつく。箔」
1本、折る。
「2つ目。企画になる。『レン、格付け試験に挑む』。タイトルだけで回る」
2本目。
「3つ目。やらせ疑惑、一発で消える。協会が認めた人に、やらせって言う奴いないでしょ」
3本目。
折った3本の指をミオはレンの目の前に突き出した。
「3拍子そろってるんだけど」
「そろえんな」
「報酬も変わるんでしょ。いくらになんの」
「数字は出なかった」
ミオは思い出したように顔を上げた。
「あ、そうだ。試験って、撮影していいの?」
「知らね。そこまでは言ってなかった」
「聞いといてよ、そこ」
「電話で聞くことか、それ」
ミオは「絶対出た方がいいって」と身を乗り出す。
「ね? 出よ?」
レンは自分のストローで、氷をつついた。
からん。
それきり、しばらく黙った。
「いや、でもさ」
「でも?」
「面倒だし、落ちたら恥ずかしくね?」
天気の話みたいな声が出た。
ミオの口が半分開いたまま止まった。
「……え」
一拍。
ミオは吹き出した。
「あはは! なにそれ」
笑いながら手を振る。
「あんたが落ちるわけないでしょ、今更」
「……」
「ウサギ全員伏せたじゃん。1層で」
「……1層のウサギだろ」
「ないない。心配する方向が、絶対まちがってる」
レンはグラスを持ったまま、目をそらした。
テーブルの向かいで、ミオがまだ肩を揺らしている。
「……まあ、金になるなら」
口に出してから、言い訳みたいだと思った。
(金だ。金。それだけだ)
「はいはい、お金ね」
ミオがにやにやしながら、指をひらひらさせる。
「じゃ、深い方の日程は試験のあとで決めよ」
「それでいいなら、俺は何でもいい」
レンはスマホを出して、協会のメールの返信欄を開いた。
『受けます。十文字』
それだけ打つ。
「うわ、短っ」
ミオがテーブル越しに覗き込む。
「書くことねぇし」
送信。
送信した直後に、スマホが震えた。
「……来た」
メールだった。
件名の頭に、【迷宮協会】とある。
十文字様 ご返答ありがとうございます。 試験は来週、協会の施設で行います。 当日は職員が多数、見学予定です。 撮影の可否は、追ってご連絡します。
「来週!? 早っ!」
ミオの声に、隣の席の客が振り向いた。
「声でかい」
「だって来週だよ? 見学の職員、多数だって」
「多数って、何人だよ」
「撮影の可否だって。可否って、どっち」
「知らね。だから聞いてねぇって」
レンはスマホを伏せて、背もたれに体を預けた。
ミオは小型カメラを両手でつかんで、拝んだ。
「撮れますように」




