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20歳、無職フリーターがダンジョンで迷子になったら、魔物が全員土下座していたらしい  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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14/42

身元特定班




 スマホが朝から震えっぱなしだ。


 布団の中で、レンは天井を見た。


(通知、切ってない)


 切るのを忘れた。


 昨日の夜、ミオに教わった設定をいじる気力が残っていなかった。


 枕元でスマホがまた震える。


 画面を見る。


 通知が47件。


(多い)


(47って多い)


 開くのが嫌だった。


 開かずに、昨日のことを思い出した。


 協会の窓口。


 カウンターの上に、茶封筒が1枚。


 中に1万円。


「お受け取りください」


 ハサミの人が言った。


 レンは受け取った。


 封筒の厚みが薄かった。


(実演込みでこれか)


「あの」


「はい」


「交通費は」


「出ません」


「ですよね」


 窓口を出て、駅前の定食屋に入った。


 ミオがカツ丼の大盛りを2つ頼んだ。


「あたしの奢りだから、遠慮しないで」


「遠慮しない」


「して」


「しない」


 丼が来た。


 2つ。


 ミオは2つともレンの前に置いた。


 レンは箸を割った。


(昨日から米しか食ってない)


 一口目がうまかった。


 2杯目はさらにうまかった。


「レン、食べるの速いね」


「腹減ってた」


「見て分かる」


「ごちそうさん」


「どういたしまして」


 店を出て、ミオがスマホを見た。


「固定ポスト、決めたから」


「なんて書いた」


「『協会の聞き取りに協力しました』」


「1行」


「足りる?」


「足りるよ。説明すると伸びないの」


 ミオは親指で画面をスクロールした。


「68万の人には、まだ返事しない」


「保留」


「保留。協会の結果が出てから」


「結果って、報告書?」


「そう」


「いつ出るんだよ」


「分かんない」


 駅の改札で別れた。


 ミオが改札をくぐる前に振り返った。


「はい」


 カバンから名刺を1枚出した。


「スカウトの人から。背中の人の分」


「俺?」


「うん。返事はいつでもいいって」


 レンは名刺を受け取った。


 小さな紙。


 肩書きが1行。


 名前は読んだけど覚えなかった。


(覚えなくていい)


 財布に入れた。


 札の後ろ。


 今、布団の中で、レンは財布を見た。


 枕元のズボンの上。


 財布の中に名刺があるはずだ。


(あるな)


 スマホがまた震えた。


 今度は長い。


 LINEだった。


 画面を開く。


 通知の上に、名前が1つ。


(誰だ)


 前のバイトの店長だった。


『久しぶり。元気?』


『実は聞きたいことがあって』


(なんだ)


 続きを読む。


『迷宮で土下座させてる人』


『お前じゃないよな?』


(なんでだよ)


(なんで俺なんだよ)


 レンは画面を閉じた。


 閉じて、また開いた。


 返事はまだ書かない。


 書く気もない。


 また震える。


 今度は別のアプリ。


 掲示板だった。


 開いてしまった。


(開くんじゃなかった)


 スレッドが立っていた。


【背中の人身元特定スレ その3】


(その3)


(もう3つ目か)


 スレッドの中を見る。


 書き込みが速い。


231:名無しの探索者  2層のあの黄色いヘルメット、協会の借り物だろ


232:名無しの探索者  レンタルヘルメットは協会の売店で380円のあごひも売ってる


233:名無しの探索者  あごひもが白い結束バンドで固定されてた


234:名無しの探索者  結束バンド3本は異常


235:名無しの探索者  誰かが直したんだろ


236:名無しの探索者  同行者の女が付けた説


(すごいな)


(そこまで見てるのか)


 レンはスクロールした。


237:名無しの探索者  配信の音声に「レン」って入ってる


238:名無しの探索者  ミオが呼んでた


239:名無しの探索者  ミオの知り合い


240:名無しの探索者  友達?


241:名無しの探索者  幼馴染?


242:名無しの探索者  恋人?


(恋人)


(違う)


 レンは少しだけ眉を動かした。


 動かしただけで、口には出さなかった。


243:名無しの探索者  身元を特定した奴いる?


244:名無しの探索者  住所までは無理


245:名無しの探索者  特定班仕事しろ


246:名無しの探索者  特定班って誰だよ


247:名無しの探索者  俺らだろ


248:名無しの探索者  俺らか


 レンは画面を閉じた。


(特定班)


(勝手にやってろ)


 枕に顔を埋める。


 天井を見る。


 スマホが震える。


 またLINE。


 今度はミオだった。


『おはよ』


『起きてる?』


『固定ポストの反応すごいよ』


『通知止まんない』


(こっちも止まんない)


 レンは返事を打った。


『起きてる』


『通知47件』


『多いね』


『お前のせいだろ』


『あたしのせい?』


『配信の音声』


『あ、レンって呼んだの?』


『呼んだ』


『ごめん』


『別に』


『べつに、そういうつもりはないんだけど』


 送ってから、口癖が出たと思った。


 ミオからすぐ返事が来た。


『それ口癖だよね』


『違う』


『違うんだ』


『違う』


 既読がついた。


 ミオはもう送ってこない。


 レンはスマホを布団の横に置いた。


 天井を見たまま、口が勝手に動いた。


「バレるほど大したことしてないだろ」


 本気で分からなかった。


◇


 昼前。近所のスーパー。


 レンはかごを持っていた。


 パーカーのポケットに手を突っ込んだまま。


 野菜コーナーの隅にあった。


 もやし。1パック28円。


(安い)


 2パック取った。


 冷蔵ケースの奥に手を伸ばす。


 奥の方が冷えてるからだ。


 隣に半額シールの貼られた弁当があった。


 昼前でもう半額。


(この店のペース早いな)


 レンは弁当を取った。


 かごに入れた。


 もやしと弁当。


 合計で200円ちょっと。


(今日の飯)


 レンはかごを持って歩き出した。


 通り抜けようとしたところで、視線があった。


 若い男だった。


 スーパーのかごを持っている。


 レンと同じくらいの年か。


 パーカーにジーンズ。


 レンの方を見ていた。


 いや、見ていたというより、見比べていた。


 手元のスマホと。


 レンの全身を。


(なんだ)


 レンは無視して歩いた。


「あの」


 声が来た。


 レンは止まった。


 止まらなきゃいけない距離だった。


「はい」


「えっと、」


 男はスマホを少し向けてきた。


 画面には何かが映っている。


 レンには見えない。


 角度が悪い。


「もしかして、」


 男の声が少し上擦った。


「背中の人、ですか」


「人違いじゃないすか」


 レンは言った。


 棒だった。


 棒でいい。


 男の顔が動いた。


 納得していない顔だ。


 口が半開きになっている。


 スマホを持つ手が下がらない。


「え、いや、でも」


「なんすか」


「あの、あごひもが」


「あごひも」


「結束バンドの」


 レンはかごを持ち替えた。


 もやしの袋が擦れる音がした。


 男はスマホを下ろした。


 下ろしたが目が離せない。


 レンの顔と、レンの背中を交互に見ている。


(背中を見るな)


(見る場所が間違ってる)


「……そうですか」


「そうです」


「すいません」


「いいすよ」


 レンは歩き出した。


 男はその場に残った。


 残って、スマホをもう1回見た。


 レンの方をもう1回見た。


(まだ見てる)


(見てるな)


 野菜コーナーの角を曲がる。


 冷蔵ケースの前に主婦が2人いた。


 にんじんを持っている方の主婦が顔を上げた。


 レンを見た。


 スマホを見た。


 もう1回、レンを見た。


 隣の主婦に小声で言った。


「ねえ、今の」


「あの人だ」


「背中の」


「うそでしょ」


「パーカーだよ、同じやつ」


「ヘルメットは」


「かぶってないけど」


「顔は」


「分かんない、背中しか映ってないの」


(聞こえてる)


(全部聞こえてる)


 レンは歩調を変えなかった。


 変えない方がいい。


 変えたら怪しい。


(別に怪しくない)


(もやし買ってるだけだ)


(もやし2パックと半額弁当の男だ)


(怪しいわけがない)


 レジの方に向いた。


 2台あるうちの1台が空いている。


 パートの女性が立っていた。


 レンはかごを持ち直した。


 歩いた。


 背中が、見えている気がした。


 レジの女性は、レンの顔を見なかった。


 もやしと弁当だけを見た。


「228円です」


「はあ」


 財布から小銭を出す。


(財布の中、軽い)


 袋は断った。


 もやしをパーカーのポケットに突っ込む。


 弁当は手提げのまま持つ。


 店を出る。


 自動ドアが後ろで閉まった。


 外は曇っていた。


 風が少し冷たい。


 歩き出す。


 信号を1つ渡る。


 角の電柱。


 その先がアパートだ。


 主婦の声を思い出す。


「あの人だ」


「背中の」


(あれが続くのか)


 続くとしたら、めんどくさい。


 めんどくさい、という言葉が浮かんだ。


 浮かんだ瞬間、はっきり思った。


(これ、面倒なことになってきたかも)


 認めたくはなかった。


 認めたら負けな気がした。


 信号の手前で、ポケットのスマホが震えた。


 LINEだ。


 ミオだった。


『スカウトから連絡きた』


『あんたとあたしで探索配信の企画あるって』


『68万の人とは別の話だからね』


『日当出るらしいよ』


(日当)


 レンの足が止まった。


 信号の手前だった。


 赤が出たところだ。


(いくらだよ)


 レンは画面を見たまま立っていた。

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