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20歳、無職フリーターがダンジョンで迷子になったら、魔物が全員土下座していたらしい  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)


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12/41

やらせ疑惑




 雨宮ミオ。迷宮探索配信者3年目。


 登録者11万8,000人。


 昨日の朝までは4,300人だった。


 朝の8時。


 ミオは布団の中で、スマホの通知を上から流していた。


 コメント欄を開く。


《門番かわいそうで草》


《背中の人の名前まだ?》


《やらせだろ。どうせ全部やらせ》


《やらせなら、こんな再生されないでしょ》


《生で見てたけど、あれ仕込みは無理》


《事務所どこ?》


 ひと晩たったら、コメント欄の色が変わっていた。


 最初は「すごい」「やばい」「なにこれ」ばかりだった。


 今は違うのが混ざっている。


《やらせ》


《やらせだろ》


《やらせにしては雑》


《モンスターに餌でも仕込んでるんじゃないの》


《迷宮側と打ち合わせ済み》


《編集で門番の声、消してるでしょ》


《そんな簡単に門番が土下座するわけない》


 スクロールするたびに、同じ単語が何度も出てくる。


 やらせ。


 やらせ。


 やらせ。


(……うるさい)


 ミオは布団の中で画面を閉じた。


 代わりにチャンネルの管理画面を開く。


 登録者。


 11万9,000人。


 そこでぴたりと止まっていた。


 右肩上がりだったグラフが、夜中のどこかを境に、まっすぐ横になっている。


 伸びた。


 伸びて止まった。


 その真ん中に、「やらせ」という文字が、太いマジックで引かれているみたいだった。


(あたし、3年やってるんだけど)


 ミオは布団の中で膝を抱えた。


 最初の1年は視聴者ゼロが当たり前だった。


 2年目にやっと2桁が出てきた。


 3年目で4,000人まで上げて、それでも「ようやく見習い卒業」と言われた。


 4,000人。


 昨日の朝ミオの全財産だった。


 それが今11万9,000人だ。


 10万人が1日で押し寄せた。


 そして、その中のどこかから「やらせ」が湧いてくる。


(……1人じゃないんだよね。何人いるの)


 ミオは目を閉じた。


 目を閉じてもコメント欄の「やらせ」が、頭の中をぐるぐる回っている。


 ミオは布団を蹴飛ばしてスマホを握った。


 LINEを開く。


 レンとのトーク画面。


 昨日の夜、電話を切ったあとに送ったのは『あさって、絶対行くからね!』だった。


 既読はついている。


 返事はない。


 ミオは深呼吸して通話ボタンを押した。


 呼び出し音が2回鳴った。


「……んぁ」


 レンの声が眠そうに響いた。


 布団の中から聞こえた気がした。


「起きてる?」


「……起きてる。起きた」


 あくびの音がした。


「何時」


「8時」


「早ぇな」


「いつも何時に起きてんの?」


「気付いたら起きてる」


「それ、起きるって言わないよ」


 ミオは笑った。


 少しだけ頭の中の「やらせ」が薄くなる。


「で、何」


「いや、あのさ」


 ミオは枕に頬をつけた。


「……あたし、やらせって言われてる」


「やらせ?」


「うん。やらせ」


「何の」


「門番の」


「やらせじゃねぇだろ」


 即答だった。


「お前がやったのか?」


「やってない」


「なら、やらせじゃねぇだろ」


「でも、コメント欄にいっぱい書いてある」


「見なきゃいいだろ」


「見るよ!」


 声が大きくなった。


「だって、そのために配信してるんだもん!」


「じゃあ、見ろよ」


「見てるから、ムカついてるの!」


「ムカついても、やらせじゃねぇだろ」


 あくびまじりの声だった。


「お前がやらせなら、俺はなんだよ」


「……門番に好かれてる、謎の人」


「……あとね。モンスターに餌、仕込んでるとか」


「仕込んでねぇだろ」


「仕込んでない!」


「やってねぇんだろ。全部」


「やってない」


「気にすんな、事実だし」


 ミオは一瞬ぽかんとした。


「……そういう話じゃないんだけど」


「じゃあ、どういう話だよ」


「分かんないけど」


 ミオは枕に額を押しつけた。


「なんか、ムカつくの」


「うん」


「あたし、3年やってるのに」


「知ってる」


「やらせとか言われるの、初めてだから」


「よかったじゃん。有名になったってことだろ」


「良くない!」


「なんでだよ」


「だって……」


 言葉が続かなかった。


 ミオは目を閉じて深く息を吸った。


「……まあ、いいや。あんたに言っても、仕方ないし」


「最初からそうしろよ」


「でも、言いたかったの」


「そうかよ」


 耳元でスマホが短く震えた。


 画面の上にメールの通知が1通。


 件名『【至急】ご相談がありまして』。


 差出人は知らないアドレスだった。


「……誰?」


 ミオは眉をひそめて、通話をスピーカーに切り替えた。


 指で開く。


 本文を読み上げる。


「えーっと……『初めまして。配信者のマネジメント事務所で、スカウトを担当しております。いつも楽しく拝見しております。本日、お時間いただけないでしょうか。お打ち合わせのご提案です。お返事お待ちしております』」


 文面の最後に、住所と地図のURLがあった。


 駅前のカフェ。


 レンの声が遠くで聞こえた。


「は? スカウト?」


「……っぽい」


 ミオはもう一度画面を見た。


 会社名は聞いたことがない。


 でも事務所の名前だ。


 少なくともさっきまでコメント欄に並んでいた「やらせ」とは違う。


「どうするんだよ」


「どうするって……」


 ミオは枕を握りしめた。


「行く。行くしかないでしょ」


「なんで」


「だって、事務所だよ!? あたし、フリーで3年やってんだよ!?」


「関係あんのか、それ」


「ある!」


「あと、ごめん! 今日のカツ丼、延期で!」


「……はぁ?」


「明日の帰りに、大盛り2杯にしてあげるから! 作戦会議もそのとき!」


「作戦ってなんだよ」


「固定ポストと、68万の人への返事! それまで保留!」


「……なら、いいけどよ」


「ほんとごめんね。今度埋め合わせするから」


「絶対だぞ」


「絶対だよ」


「カツ丼は嘘つくと怒るからな」


「分かってるってば!」


 電話を切った。


 ミオはベッドから飛び起きて、クローゼットを開けた。


 服を選ぶ。


 動きやすいのはいつものジーンズ。


 でもスカウトなら、もう少し綺麗めな方がいいかもしれない。


 結局白いブラウスに決めた。


 靴はヒールのないパンプス。


 カバンはいつも使っているショルダー。


 鏡の前で軽くメイクを直す。


 鏡の中の自分に小さく言う。


「……やらせじゃないからね」


 スマホをカバンに入れて、ミオは部屋を出た。


◇


 午後1時。


 駅前のカフェの窓ぎわの席。


 向かいに座ったスカウトの人は、落ち着いた茶色のジャケットを着ていた。


 髪は肩までの長さで、きちんとまとめられている。


 名刺には聞いたことのない事務所の名前と、「スカウト担当」の肩書きだけがあった。


「お忙しいところ、ありがとうございます」


 担当さんはにこりと笑った。


 ミオは緊張して、アイスティーのストローを噛んだ。


「い、いえ。こちらこそ」


「雨宮さん、ですよね。ミオさん」


「はい」


「配信、拝見してます。昨日から、さかのぼって全部」


「……ありがとうございます」


 ミオは少し嬉しくなって、カップを持ち直した。


「昨日の切り抜きも、もちろん」


 担当さんはテーブルの端に置いたスマホを指で弾いた。


 画面には例の『【悲報】迷宮の門番、土下座』のサムネイルが映っている。


「本当に、すごいことになりましたね」


「……はい」


「コメント欄、ご覧になりました?」


「見ました」


「“やらせ”って、たくさん書かれてましたね」


 ミオはストローを噛む力を強くした。


「でも、やらせじゃないんですよね?」


「やらせじゃないです」


「ですよね」


 担当さんは軽く頷いた。


「それで、本題なんですけど」


 ミオはアイスティーのカップを置いた。


「はい」


「事務所に所属してみませんか?」


 ミオは少しだけ息を止めた。


「……あたし、ですか?」


「はい。雨宮さんに、ぜひ」


 担当さんはスマホを置いて、テーブルの上で指を組んだ。


「昨日の切り抜き、すごい再生数ですよね」


「はい」


「あれ、事務所にいると、もっと早く、もっと大きく広がるんですよ」


「……」


「例えば、ニュースサイトからの取材。うちに入れば、すべて事務所を通して受けられます」


「……取材」


「ええ。ダンジョンタイムズ、見てますよね?」


「はい」


「あそこ、うちの所属配信者によく声かけてくれるんです」


 担当さんは胸ポケットから小さな手帳を取り出した。


 ページをめくって指で示す。


「うちの所属の子たち経由で、昨日から相談が来てるんです。雨宮さんに取り次げないかって」


 ミオは目を近づけた。


 ダンジョンタイムズ、ダンジョン・ニュース、D-Tube、あと知らない名前もいくつか。


 全部取材の打診だった。


「これ、全部うちの子経由ですか?」


「全部です」


「あたし宛に?」


「いえ。雨宮さんと、背中の方に」


 担当さんは手帳をぱたんと閉じた。


「昨日の夜の時点で、10件以上来てました」


「……そんなに」


「ええ。ですから、雨宮さんさえよければ、うちに入って、全部まとめて管理しませんか?」


「まとめて……」


「コラボの依頼も、来てるんですよ」


 担当さんは別のページを開いた。


「例えば、これ」


 ミオは覗き込んだ。


 登録者68万人の配信者の名前。


 昨日受信箱で見た名前だった。


 1年既読スルーしてた人。


「『コラボのご相談』。背中の方と一緒に、ぜひ」


「……それ、あたしにも直で来てます」


「でしょうね。うちを通せば、条件の交渉もできますよ」


「……」


「他にも、新人育成枠で一緒にイベントに出ませんか、というのも」


 ミオは指先が少し冷たくなるのを感じた。


 嬉しい。


 すごく嬉しい。


「……でも」


 ミオはアイスティーのストローをいじった。


「でも、あたし、やらせって言われてて」


「ええ。コメント欄、見ました」


 担当さんは穏やかに笑った。


「でも、本当にやらせじゃないなら、話は簡単です」


 担当さんは手帳の上に指を置いた。


「協会の正式な調査が入れば、そういうコメント、すぐに消えますよ」


「……え?」


「協会の発表があれば、公式のお墨付きです」


「……」


「“やらせ”って言ってた人たち、今度は“やらせじゃない”って言い出すんです」


「……そうなんですか?」


「ええ。絶対に」


 担当さんは確信を持って頷いた。


「迷宮協会の発表は、ネットでも絶対です」


「……」


 ミオはストローから口を離した。


「……あの。あたし、明日、協会に行くんです」


「え?」


「聞き取り調査。門番の件で」


 担当さんの目が少しだけ大きくなった。


「……えっと」


 ミオはストローをいじるのをやめた。


「呼ばれたのは、あたしじゃなくて、背中の人で」


「……」


「あたしは、その、付き添いで」


 担当さんはアイスコーヒーのグラスを置いた。


 前のめりになる。


「最高のタイミングです」


「……え?」


「え?」


「協会の正式な聞き取りに、雨宮さんも同席できるんですよね?」


「はい。たぶん」


「“たぶん”じゃ困ります」


 担当さんは笑った。


「でも、行ってみる価値はあります」


「……」


 担当さんは指でテーブルを軽く叩いた。


「“やらせ”って言ってた人たち、一斉に黙りますよ」


「……」


「だって、迷宮協会公認ですから」


 黙る。


 あのコメント欄が。


 あの「やらせ」が。


 協会の1行で全部消える。


 担当さんは胸ポケットから名刺入れを取り出した。


 さっきと同じ名刺をもう1枚。


「背中の方の分です」


 テーブルに置く。


「答えは、急がなくて大丈夫です」


「……」


「明日、協会に行ってからでも」


「……いいんですか?」


「はい。協会での結果を見てからでも」


「……はい!」


 声が思ったより大きく出た。


 担当さんはにこりと笑った。


「では、明日の協会、頑張ってきてください」


「はい!」


 ミオはアイスティーのカップを一気に飲み干した。


 氷がカラリと音を立てた。


 頭の中の「やらせ」が、少しだけ遠のいた気がした。


 駅前のカフェを出たミオは空を見上げた。


 昼過ぎの空はまだ明るい。


 ミオは歩道の端に寄って、カバンからスマホを取り出した。


 LINEを開く。


 レンとのトーク画面。


 昨日の夜の『あさって、絶対行くからね!』に、まだ返事はない。


 ミオは唇をとがらせてから、画面をタップした。


『明日、絶対ちゃんとした服で来て』


 送った。


 既読はつかない。


 改札の手前でスマホが震えた。


 LINEの通知。


 送り主は十文字レン。


 ミオは思わず立ち止まった。


 画面を開く。


 メッセージは1行だけ。


『カツ丼2杯』


 ミオは吹き出した。


 電車のドアが閉まるチャイムが鳴る。


 慌てて改札を通りながら、ミオは親指で返事を打った。


『うん。約束ね』


 送信。


 画面を閉じる。


 カバンの中には2枚の名刺。


 1枚は自分の。


 もう1枚は背中の人の。


 ミオはホームに上がる階段を、今朝より少し軽い足取りで上った。


◇


 翌日。


 朝の7時。


 ミオはアラームが鳴る前に目を覚ました。


 布団の中でスマホを手に取る。


 登録者、11万9,000人。


 昨日と同じ数字だった。


 でも今朝は、コメント欄を開かなかった。


 スマホを握ったままLINEを開く。


 レンとのトーク画面。


 昨日の『カツ丼2杯』と、自分の『うん。約束ね』。


 ミオは親指で新しい文字を打った。


『起きてる?』


 送信。


 既読がついた。


 返事は1行。


『起きた』


 続けて、写真が1枚。


 黄色いヘルメット。


 あごひものところに、白い結束バンドが3本。


『ちゃんとした服』


(……服の話、したよね?)


 午後2時。迷宮協会の窓口。


 今日は、あたしも行く。

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