拡散
再生340万。
ミオは画面を下に引っぱって、更新した。
341万。
(増えてる。引っぱるたびに増えてる)
『【悲報】迷宮の門番、土下座』
配信を切ってから、まだ6時間しかたっていない。
帰りの電車で25万。
風呂から出たら80万。
髪を乾かしているあいだに、数えるのをやめた。
夜の10時。
ベッドの上で膝を抱えて、ミオはもう一度引っぱった。
343万。
手の中でスマホがまた震えた。
さっきからずっとだ。
通知の音は風呂上がりに切った。切ったのに、ぶるぶるだけが止まらない。
チャンネルの管理画面を開く。
登録者のグラフ。
この1年ほとんど横ばいだった線が、右端で壁になっていた。
跳ねた、じゃない。
壁。
今朝は4,300人だった。
今は11万2,000人。
(……11万)
後輩の子が先月超えた10万を、ひと晩もかからずに超えた。
3年かけて4,000人。
6時間で10万人。
(計算、合ってる? 合ってるよね。合ってるのが怖いんだけど)
初対面のレンに「登録者90万人」と言った。
盛った。
だいぶ。
(その90万にまだ全然届いてないのに。なんで手、震えてんの)
震えているのはスマホだ。
たぶん。
メッセージの受信箱を開く。
未読、214件。
上から指で流していく。
『はじめまして。ニュースサイト「ダンジョンタイムズ」編集部です。取材のお願い』
『コラボのご相談です(迷宮探索配信/登録者68万)』
『あの背中の人、紹介してもらえませんか』
『背中の人の連絡先ください』
『背中の人と付き合ってるんですか?』
『切り抜き許可ください!!』
『背中の人の背中、もう1回映してください』
ほとんどがレンの話だった。
(……知ってたけどさ。知ってたけど)
ミオは唇をとがらせて、すぐ戻した。
68万の人のを開いた。
トーク画面の上の方に、去年の自分のメッセージが残っていた。
『はじめまして! 雨宮ミオです。もしよかったら、いつか』
既読。
返事なし。
その真下に、今日の日付。
『突然のご連絡失礼します。ぜひ一度、コラボのご相談を』
「……既読、1年寝かせてたじゃん」
声に出た。
誰もいない部屋で。
(返す。返すけど、今日じゃない。明日、レンにカツ丼食べさせながら、固定ポストの文面考えてから)
ちゃんと考えてから返す。
1年待ったんだから、ひと晩くらい待ってもらう。
声に出た。
誰もいない部屋で。
LINEを開く。
レンとのトークは、帰りの電車で送った『今日はありがと』に、スタンプが1個返ってきたところで止まっている。
打つ。消す。また打つ。
考えるのをやめた。
『見た!? やばいことになってる!』
送った。
既読はつかない。
『ねえ』
『ねえってば』
『343万!!』
つかない。
(寝てる? この状況で? うそでしょ)
ミオはスマホを両手で握って、ベッドに背中から倒れた。
天井に向かって、もう1回引っぱる。
345万。
◇
同じころ。
掲示板のスレッドは、もう8本目に入っていた。
【迷宮に土下座させた男】門番土下座配信を語るスレ 8【背中の人】
612:名無しの探索者
結局どこの所属なんだよ
613:名無しの探索者
協会のデータベースに該当なしって話
614:名無しの探索者
>>613 ソースは?
615:名無しの探索者
協会サイトの探索者検索で「背中」って入れても出てこない
616:名無しの探索者
背中で検索すんな
617:名無しの探索者
やらせだろ。門番は着ぐるみ。中に人入ってる
618:名無しの探索者
>>617 トラックサイズの着ぐるみに誰が入るんだよ
619:名無しの探索者
>>617 天井のコウモリも全員エキストラか? ギャラいくらだよ
620:名無しの探索者
2層の門番は推定難度B。去年、盾割られて担架で運ばれたパーティいる。俺そのとき2層にいた
621:名無しの探索者
有識者きた
622:名無しの探索者
で、そのB様が「くうん」て鳴いたわけだが
623:名無しの探索者
くうんは反則
624:名無しの探索者
確定情報まとめ
・武器は素手(腰の警棒は1回も抜いてない)
・モンスターが自主的にひれ伏す(門番、コウモリ、トカゲ。配信者の子も)
・同接は2,400→4万7,000
・顔は映ってない。黄色いヘルメット
・協会は「調査中」(電話した奴の報告)
・日当2万
625:名無しの探索者
>>624 日当の情報いる?
626:名無しの探索者
いる。一番いる
627:名無しの探索者
ヘルメットのあごひも、ホームセンターの380円のやつだわ。俺も持ってる
628:名無しの探索者
特定班の方向性がおかしい
629:名無しの探索者
あの手刀、満員電車で降りるときのやつだよな
630:名無しの探索者
つまり門番は満員電車の客と同じ扱い
631:名無しの探索者
門番かわいそう
632:名無しの探索者
知り合いの探索者が言ってたけど、モンスター側にも動きがあるらしい。深い層で変な群れ方してるとか
633:名無しの探索者
>>632 ソースは知り合い
634:名無しの探索者
知り合いが出たら終わり
635:名無しの探索者
それより配信者の子、腰抜けて正座してたの好き
636:名無しの探索者
あの子、朝まで登録者4,000とかだったろ。もう11万いってるぞ
637:名無しの探索者
半日で25倍は草
638:名無しの探索者
これもう協会が動くやつだろ
639:名無しの探索者
>>638 動かなかったら逆に怖い
640:名無しの探索者
最後、配信切ったの背中の人の手だったよな
641:名無しの探索者
>>640 帰りにもなんかあったっぽいけど切れてて不明
642:名無しの探索者
背中の人、今ごろ何してんだろうな
トレンドの1位は『門番土下座』。
2位は『くうん』だった。
◇
べこん。
シンクが鳴った。
同じころ、レンは6畳の部屋でカップ焼きそばの湯を切っていた。
(よし。麺、1本も落ちてねぇ)
今日一番の手応えだった。
ちゃぶ台の上でスマホが震えている。さっきからずっとだ。
見なくても分かる。ミオだ。
ソースをかけて混ぜて、ひと口すすってから画面を見た。
未読、38件。
開いた瞬間に次が来た。
『あ! 既読ついた!!』
(見張ってんのかよ)
レンは焼きそばを口に入れたまま、片手で打った。
『うるせーな』
『うるさくない!! 見て! 350万!!』
『何が』
『切り抜き!!』
ああ、あれか。
帰り道、ミオがロック画面を見せてきたやつだ。たしか12万だった。
12万が350万。
(まあ、門番が土下座したらそりゃ見るわな。俺でも見る)
見るのは門番だ。
映っていたのは門番と、コウモリと、腰の抜けたミオと、レンの背中だけだ。
背中に用があるやつはいない。
いないはずだ。
『背中の人の連絡先くださいって来てる!!』
スクショが1枚、送られてきた。
『誰だよ背中の人』
『あんた!!』
『俺は十文字だ』
『知ってる!!!』
いちおう、送られてきたリンクを1回だけ開いた。
黄色いヘルメットの後ろ姿が、手刀を切っている。
(……ヘルメット、やっぱずれてんじゃねぇか)
閉じた。
門番の黄色い目が、一瞬だけ頭に浮かんだ。
くうん、という声も。
親父のライオンの話も。
(考えて分かんねぇことは、考えねぇ)
それより家賃だ。
払っても9,160円残る。カップ焼きそばなら、だいたい50個。
(50日はいける。いけねぇか。いけねぇな)
『明日のカツ丼のとき、話いっぱいあるから!!』
『大盛りな』
『それしか読んでないでしょ!』
『読んだ。話は聞く。大盛りな』
『2回言った!』
レンはスマホを伏せて、焼きそばに戻った。
(どうせ1週間もしたら、みんな次のなんかに行く)
ネットなんてそういうもんだ。
(去年バズってた猫の名前も、もう誰も覚えてねぇし。俺も覚えてねぇし)
スマホが鳴った。
着信の音だ。ミオなら、LINEで来る。
レンは伏せたスマホをひっくり返した。
画面に名前はない。
03から始まる、知らない番号。
夜の10時半。
(……誰だよ)
割り箸をくわえたまま、レンは画面を見下ろした。
03。
どこかで見た気がする。
初めて迷宮に入った日、協会の受付で書かされた同行者届。あの紙のいちばん上に、こんな番号が印刷されていた。
(……いや、まさかな)
着信音はまだ鳴りやまない。




