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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第96話 暖かな部屋

 それから数日。


 離宮の研究室では、改良が繰り返されていた。


 風量を調整する術式。


 火力を安定させる制御術式。


 熱を均一に循環させる風の流れ。


 失敗するたびに原因を分析し、一つひとつ課題を解決していく。


 クロエの理論。


 エルンストの術式。


 ミアの精霊眼。


 三人は互いの力を信じ、幾度となく改良を重ね続けた。


 そして――。


 ついに、その時が訪れる。


 研究室の中央には、一台の魔導暖房器具。


 試作一号機とは異なり、数え切れないほどの改良を経て完成した一台だった。


 クロエは静かに頷く。


「始めよう」


 エルンストは火と風、二つの魔法石へ魔力を流し込んだ。


 紅い光。


 翠色の光。


 二つの光が静かに共鳴する。


 次の瞬間。


 ふわり――。


 柔らかな暖かな風が、研究室いっぱいに広がった。


 羊皮紙は舞い上がらない。


 炎も暴れない。


 穏やかな暖かさだけが、部屋の隅々までゆっくりと行き渡っていく。


 ミアは目を丸くした。


「暖かい……」


 思わず漏れたその一言には、驚きよりも感動が込められていた。


 窓の外には冬の冷たい景色が広がっている。


 それなのに研究室の中は、まるで春の日差しに包まれているかのようだった。


 リリは嬉しそうに風へ乗る。


『ちょうどいい!』


『風の子たちも気持ちよさそう!』


 アルも満足そうに頷いた。


『火の子たちも頑張ってるぞ!』


『熱がちゃんと部屋中へ届いてる!』


 ミアは精霊眼を開いた。


 火の魔粒子が穏やかに熱を生み出し、その熱を風の魔粒子が優しく部屋中へ運んでいく。


 二つの属性は互いを乱すことなく、美しい調和を保っていた。


「完璧です」


「魔粒子の流れに乱れがありません」


「熱も均等に広がっています」


 エルンストも静かに魔導具へ手を添える。


「火力は安定」


「風量も一定」


「術式に異常なし」


 クロエは完成した魔導暖房器具を見つめ、ゆっくりと目を閉じた。


 長い年月をかけて積み重ねてきた魔法学。


 三十年前、魔王城地下最深部で目にした失われた古代技術。


 そして、ミアとの出会い。


 そのすべてが、この瞬間へと繋がっていた。


 クロエは静かに微笑む。


「……完成じゃ」


 その一言に、研究室の空気がふっと和らぐ。


 ミアは思わず両手を胸の前で合わせた。


「できた……」


「本当に完成したんですね」


 瞳には涙が浮かんでいた。


 お忍び視察で出会った、寒さに震える母子。


 あの時、心に誓った願いが、ようやく形になったのだ。


 エルンストも穏やかな眼差しで暖房器具を見つめる。


「火と風」


「二つの魔法石が揃って初めて完成する魔導具」


「誰もが使える、新しい魔法だ」


 クロエは静かに頷く。


「ああ」


「これは戦うための魔法ではない」


「人々が笑顔で暮らすための魔法じゃ」


 リリとアルは顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。


『やったね!』


『これで寒い冬もへっちゃらだ!』


 暖かな風が、研究室を優しく吹き抜ける。


 火と風。


 二つの人工魔法石は、人々の暮らしを支える新たな力となった。


 その小さな温もりは、やがて帝国中の人々を暖める、大きな希望の灯火となっていくのだった。

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