第94話 魔導暖房器具
風の魔法石が完成した翌日。
離宮の研究室には、火と風、二つの魔法石が静かに並べられていた。
紅く輝く火の魔法石。
翠色に輝く風の魔法石。
世界で初めて、人の手によって生み出された二つの人工魔法石である。
クロエはその二つを静かに見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「ここからが本番じゃ」
ミアは不思議そうに首を傾げる。
「魔法石は完成しましたよね?」
「ああ」
クロエは穏やかに頷いた。
「じゃが、人々が本当に求めておるのは魔法石そのものではない」
「暖かな暮らしじゃ」
その言葉に、ミアは小さく息を呑んだ。
お忍び視察で見た、寒さに震える母子の姿が脳裏によみがえる。
冷たい風の中、互いの身体を寄せ合って暖を取っていた二人。
あの人たちに必要だったのは、魔法石ではない。
寒さを忘れ、安心して暮らせる暖かな部屋だった。
「だからこそ……」
ミアは火の魔法石を見つめながら静かに呟く。
「この魔法石を、みんなの暮らしに役立てたいんです」
エルンストは羊皮紙を広げた。
「魔導具を設計する」
「火の魔法石は熱を生み出す」
「風の魔法石は、その熱を部屋中へ運ぶ」
クロエは黒板へ構造図を書き始める。
中央に火の魔法石。
その周囲を囲むように風の魔法石。
さらに空気の流れを示す矢印が幾重にも描き加えられていく。
「火だけでは近くしか暖まらぬ」
「じゃが、風が熱を運べば部屋全体を暖められる」
ミアは目を輝かせた。
「暖炉みたいですね」
「その通りじゃ」
クロエは微笑む。
「じゃが煙は出ぬ」
「薪もいらぬ」
「火を熾す手間もない」
「誰でも扱える、新しい暖炉じゃ」
その時、リリがミアの肩で元気よく羽を広げた。
『火の熱は私たちが運ぶよ!』
本棚の上ではアルも胸を張る。
『火の子たちも張り切ってるぞ!』
もちろん、その声が聞こえるのはミアだけだった。
ミアは自然と笑みを浮かべる。
「妖精たちも、力を貸してくれるそうです」
クロエは優しく頷いた。
「そうか」
「それは心強いのう」
エルンストは設計図へ次々と線を書き加えていく。
「問題は風量だ」
「強すぎれば冷たく感じる」
「弱すぎれば熱が広がらない」
クロエも続けた。
「火力も同じじゃ」
「強すぎれば暑くなり」
「弱すぎれば暖房にならぬ」
「絶妙な均衡が必要じゃな」
三人は何枚もの羊皮紙へ設計図を書き続けた。
空気の流れ。
熱の広がり。
魔法石の配置。
術式の効率。
安全性。
一つの魔導具を完成させるために考えるべきことは、想像以上に多かった。
やがて、一枚の設計図が完成する。
中央へ火の魔法石を配置し、その周囲へ風の魔法石を組み込む構造。
さらに、誤って魔法石へ直接触れないよう、外装には保護機構まで組み込まれていた。
ミアは完成した設計図を見つめる。
「これが……」
「世界初の魔導暖房器具」
クロエは静かに頷いた。
「ああ」
「じゃが、これはまだ理論に過ぎぬ」
「本当に人々を暖められるかは、実際に作って確かめねばならん」
エルンストは設計図を丁寧に丸めた。
「ならば、次は製作だ」
三人は顔を見合わせ、小さく笑みを交わす。
火と風。
二つの人工魔法石から生まれる新たな魔導具。
それは魔法使いだけのための道具ではない。
誰もが暖かな冬を過ごせる未来を目指して生み出される、人類初の魔導暖房器具である。
その試作一号機の製作が、いよいよ始まろうとしていた。




