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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第93話 第二の魔法石

 翌朝。


 離宮の研究室には、これまでにない静かな緊張が漂っていた。


 机の中央には、一つの魔水晶。


 その傍らには、完成した風属性妖精誘導理論と魔素完全消費術式が並べられている。


 すべての準備は整っていた。


 クロエは三人を見渡し、静かに告げる。


「始めるぞ」


 エルンストとミアが頷く。


 リリもアルも、いつになく真剣な表情で魔法陣を見つめていた。


『今度こそだね!』


『風の子たち、頼んだぞ!』


 エルンストはゆっくりと魔法陣へ魔力を流し込む。


 術式が淡い光を放った。


 まず起動したのは、魔素完全消費術式。


 魔水晶に残っていた最後の魔素が循環し、少しずつ消費されていく。


 ミアは精霊眼を開いた。


「あと少しです」


 研究室は静まり返る。


 誰も息を呑み、その瞬間を見守っていた。


 やがて――。


「……消えました」


 ミアが静かに告げる。


「魔水晶の中に魔素はありません」


「完全な空白です」


 クロエは力強く頷いた。


「第二段階へ移る」


 エルンストは術式を切り替える。


 風属性妖精誘導理論。


 魔法陣の輝きがゆっくりと変化した。


 その瞬間だった。


 研究室中を漂っていた風の魔粒子が、一斉に術式へ導かれていく。


『みんな、こっちだよ!』


 リリの声に応えるように、青白く輝く風の魔粒子は列を成し、同じ方向へ流れ始めた。


 乱れることなく。


 迷うことなく。


 一筋の風となって魔水晶へ吸い込まれていく。


 ミアは精霊眼でその光景を見つめ続けた。


「綺麗です」


「乱れがありません」


「理論通りです」


 クロエは思わず拳を握り締める。


「成功じゃ……!」


 やがて透明だった魔水晶は、淡い翠色の光を帯び始めた。


「定着します!」


 ミアの声が研究室へ響く。


 エルンストは術式を維持し続ける。


 風の魔粒子は逃げない。


 流れは途切れない。


 そのまま静かに魔水晶の中へ定着していく。


 十秒。


 二十秒。


 三十秒。


 長い静寂の末、翠色の輝きは完全に安定した。


 ミアはゆっくりと精霊眼を閉じる。


「……成功です」


「風の魔粒子が完全に定着しました」


 クロエは震える手で魔水晶を持ち上げた。


 透明だった結晶は、美しい翠玉のような輝きを放っている。


 内部では風の魔粒子だけが穏やかに流れ続けていた。


「……完成じゃ」


「世界初の人工風属性魔法石じゃ」


『やったー!!』


 リリは嬉しそうに宙を飛び回る。


『風の子たちも大喜びだよ!』


 アルも満足そうに笑った。


『これで火も風も揃ったな!』


 しかし、クロエは静かに首を横へ振る。


「いや、まだ最後の確認が残っておる」


「この魔法石が正しく機能するか、確かめねばならぬ」


 エルンストは一枚の羊皮紙を広げる。


 そこには初級風魔法の魔法陣が描かれていた。


「火の魔法石と同じ手順だ」


「術式を刻み込み、実際に魔法を発動させる」


 淡い翠色の光が風の魔法石を包み込む。


 術式は静かに定着した。


 ほどなくして、一人の若い侍女が研究室へ呼ばれる。


 火の魔法石の実験にも協力した少女だった。


「ま、また私ですか……?」


 クロエは優しく微笑む。


「安心せい」


「この魔法石を持ち、『風よ』と唱えるだけじゃ」


 侍女は緊張した面持ちで風の魔法石を受け取った。


 手のひらへ、ひんやりとした感触が伝わる。


 小さく深呼吸をし、静かに唱えた。


「……風よ」


 その瞬間。


 ふわり。


 柔らかな風が研究室を吹き抜けた。


 机の上の羊皮紙が揺れ、カーテンが優しくなびく。


「えっ……!」


 侍女は目を丸くした。


「風が……」


「私が風を起こしました……!」


 ミアは思わず笑顔になる。


「成功です!」


 リリは飛び跳ねるように喜んだ。


『やったぁ!』


『風の子たちも楽しそう!』


 エルンストは静かに術式を確認する。


「魔力反応なし」


「術式も安定している」


「完全に成功だ」


 クロエは机の上へ火と風、二つの魔法石を並べた。


 紅く輝く火。


 翠に輝く風。


 その二つを見つめ、静かに微笑む。


「これで条件は揃った」


「あとは、この二つを一つの魔導具へ組み込むだけじゃ」


 火と風。


 世界初の二つの人工魔法石は、人々の暮らしを変える新たな時代の到来を、静かに告げていた。

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