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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第92話 風は留まらない

 風属性の研究が始まってから数日。


 離宮の研究室では、今日も三人が新たな術式と向き合っていた。


 机の上には何枚もの羊皮紙が広げられ、その一枚一枚には幾度となく書き直された跡が残されている。


 クロエは術式を見つめ、小さく首を振った。


「これも駄目じゃな」


「風が途中で逃げてしまう」


 エルンストも静かに頷く。


「流れを固定しようとすると拡散する」


「固定を弱めれば集まらない」


「火とは根本から性質が違う」


 ミアは精霊眼を開き、風のエレメントを見つめていた。


 青白く輝く無数のエレメントは、術式へ引き寄せられても、一か所へ留まることなく流れ続けている。


「風は……」


「止まりたくないみたいです」


『うん!』


 リリが元気よく頷く。


『風の子たちは自由が大好きなの!』


『だから止められると逃げちゃうんだよ!』


 アルも肩をすくめる。


『火とは正反対だな』


『火の子たちは集まるのが好きだからな』


 ミアは小さく頷いた。


「リリたちも同じことを言っています」


「風のエレメントは自由が好きで、止められることを嫌うそうです」


 クロエは黒板へ新たな言葉を書き加えた。


 ――火は収束。


 ――風は流動。


「なるほど……」


「根本から性質が異なるのじゃな」


 エルンストは黒板を見つめながら呟く。


「閉回路では駄目か」


「ああ」


 クロエは静かに頷いた。


「火は循環によって力を蓄える」


「しかし風は違う」


「流れ続けること、そのものが本質なのじゃ」


 三人は再び術式を見つめ直す。


 その時だった。


 ミアは精霊眼で風のエレメントを追い続けるうち、小さな違和感に気付いた。


「……あれ?」


 二人が同時に振り向く。


「どうした」


「風のエレメント……」


「みんな同じ方向へ流れています」


 クロエが目を細めた。


「同じ方向じゃと?」


 その時、リリが嬉しそうに羽を羽ばたかせる。


『そうだよ!』


『風の子たちは仲間の後ろを飛ぶの!』


『みんな一緒の方が楽しいもん!』


 ミアははっと息をのんだ。


「リリが教えてくれました」


「風のエレメントは仲間の後ろを飛ぶ習性があるそうです」


「同じ方向へ流れることを好むみたいです」


 その一言に、クロエとエルンストの表情が変わる。


「隊列……」


 エルンストが静かに呟く。


「流れを一つに束ねればいい」


「ああ!」


 クロエも力強く頷いた。


「留める必要はない!」


「向きだけを揃えればよいのじゃ!」


 二人は同時に羊皮紙へ向かった。


 新しい魔法陣。


 風を閉じ込めるのではない。


 風が望むまま流れながら、その進む方向だけを整える術式。


 一本一本、慎重に線を書き加えていく。


 ミアは精霊眼で術式を見つめた。


「変わりました」


「風のエレメントが迷っていません」


「みんな同じ方向へ流れています」


『すごい!』


 リリは嬉しそうに拍手する。


『これなら風の子たちも嫌がらないよ!』


 ミアは思わず笑みを浮かべた。


「リリも、この術式なら風のエレメントは嫌がらないと言っています」


 エルンストは最後の一筆を書き終えた。


「どうだ」


 ミアは静かに頷く。


「火ほど強くはありません」


「でも、今までで一番安定しています」


「風の流れが途切れません」


 クロエは深く息を吐き、完成した術式を見つめた。


「ようやく見えたのう」


「風とは自由」


「だからこそ、その自由を奪うのではない」


「流れを導くことこそが、風を操るということなのじゃ」


 クロエは完成した羊皮紙を静かに掲げる。


「これが――風属性妖精誘導理論じゃ」


 研究室は静かな達成感に包まれた。


 火には火の理論がある。


 風には風の理論がある。


 二つの属性は似ているようで、その本質はまったく異なっていた。


 しかし、その違いを理解した今、世界で二つ目となる人工魔法石の完成は、もう目前まで迫っていた。


 三人は新たな希望を胸に、次の実験へ向けて静かに準備を始めるのだった。

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