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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第91話 風の魔法石

 火の魔法石が完成してから数日。


 離宮の研究室には、再び三人の姿があった。


 机の中央には、美しく紅く輝く火の魔法石。


 その隣には、新たに用意された透明な魔水晶が静かに置かれている。


 クロエは黒板へ大きく文字を書き記した。


 ――風属性妖精誘導理論。


「次の目標は風の魔法石じゃ」


 クロエが振り返る。


「火だけでは暖房器具は完成せぬ」


「暖めた空気を部屋全体へ運ぶ風が必要じゃ」


 エルンストも静かに頷いた。


「風の魔法石を完成させる」


「それが次の課題だ」


 ミアも力強く頷く。


「はい。頑張ります」


 その時だった。


『任せて!』


 元気いっぱいの声とともに、小さな風が研究室を吹き抜ける。


 風の妖精リリが、嬉しそうに宙をくるくると舞っていた。


『今度は私の番だね!』


 アルも腕を組みながら笑う。


『火は俺たちが教えた』


『今度はリリの出番だな』


 もちろん、その声が聞こえるのはミアだけだった。


 思わず笑みがこぼれる。


「妖精たちも、やる気満々みたいです」


 クロエは穏やかに微笑んだ。


「それは心強いのう」


 羊皮紙を広げながら続ける。


「まずは観測じゃ」


「火と風の違いを知らねば始まらぬ」


 エルンストが魔法陣を起動する。


 術式が淡く輝き始めると、研究室中を漂っていた風のエレメントがゆっくりと魔法陣へ引き寄せられていく。


 ミアは精霊眼を開いた。


 青白く輝く無数の風のエレメント。


 その動きは、火のエレメントとはまるで違っていた。


「……速い」


 思わず声が漏れる。


「火のエレメントは集まると、その場へ留まろうとしていました」


「でも風は違います」


「絶えず動き続けています」


『そうだよ!』


『風の子たちは自由が大好きなの!』


『ずっと動いていたいんだよ!』


 ミアは妖精たちの言葉に耳を傾けながら頷く。


「リリも同じことを言っています」


「風のエレメントは自由が好きで、止まることを嫌うそうです」


 クロエは興味深そうに黒板へ書き込んだ。


 ――火は収束。


 ――風は流動。


「なるほど……」


「根本から性質が違うのじゃな」


 エルンストは術式を少しずつ調整していく。


 しかし。


 風のエレメントは魔法陣へ集まったかと思えば、すぐに四方へ散ってしまった。


「定着しないか」


 エルンストが静かに呟く。


 ミアも精霊眼で流れを追い続ける。


「逃げています」


「集まることより、流れることを選んでいます」


 クロエは腕を組み、難しい表情を浮かべた。


「火の理論は使えぬか……」


『だから言ったでしょ』


 リリは少し得意そうに笑う。


『風の子たちは縛られるのが嫌いなんだもん』


 その言葉に、ミアははっと顔を上げた。


「クロエ様」


「リリが言っています」


「風のエレメントは、縛られるのが嫌いなんだそうです」


 クロエの手が止まる。


「……縛る」


 小さく呟き、ゆっくりと顔を上げた。


「そうか」


「わしらは火と同じように集めようとしておった」


「それが間違いじゃった」


 エルンストも静かに頷く。


「風の本質は流れ続けること」


「ああ」


 クロエは力強く頷いた。


「ならば止めるのではない」


「流れを導けばよいのじゃ」


 ミアの表情もぱっと明るくなる。


「川みたいですね」


「流れは止めない」


「でも、行き先だけ決める」


『そうそう!』


『それが風の子たちなんだよ!』


 リリは嬉しそうに羽を羽ばたかせる。


 ミアも笑顔で頷いた。


「リリも、その考えで合っていると言っています」


 クロエは新しい羊皮紙を取り出した。


「ならば、一からじゃ」


「火には火の理論があったように、風には風だけの理論がある」


 エルンストも静かに頷く。


「術式も、火とは全く別のものになる」


「だが、それでいい」


 三人は再び机へ向かった。


 火の魔法石で得た知識は、決して無駄ではない。


 しかし、そのまま次の答えになるわけでもなかった。


 一つひとつの属性には、それぞれ固有の性質がある。


 その本質を理解してこそ、新たな魔法石は生まれる。


 研究室には再びペンの走る音が響き始めた。


 世界で二つ目となる人工魔法石。


 風の魔法石完成へ向けた新たな挑戦が、静かに幕を開けたのである。

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