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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第87話 世界初の人工魔法石

 翌朝。


 離宮の研究室には、これまでにない静かな緊張が漂っていた。


 机の中央には、一つの魔水晶。


 昨日完成した魔素完全消費術式。


 そして、その周囲には妖精誘導理論を基に構築された新たな魔法陣。


 すべての準備は整っていた。


 クロエは皆を見渡し、小さく頷く。


「始めるぞ」


 エルンストとミアが静かに頷いた。


 リリとアルも真剣な表情で魔法陣を見つめている。


『今度こそだね!』


『火の子たちも準備万端だ!』


 エルンストがゆっくりと魔法陣へ魔力を流し込む。


 術式が淡く輝き始めた。


 最初に起動したのは、魔素完全消費術式。


 魔水晶に残っていた最後の魔素が循環し、少しずつ消費されていく。


 ミアは精霊眼を開いた。


「あと少し……」


 研究室は静まり返る。


 やがて――。


「……消えました」


 ミアが息を呑む。


「魔水晶の中に魔素はありません」


「完全な空白です」


 クロエは静かに頷いた。


「第二段階へ移る」


 エルンストは術式を切り替える。


 妖精誘導理論。


 魔法陣の輝きが静かに変化した。


 その瞬間。


 研究室中へ漂っていた火の魔粒子が、一斉に魔法陣へ引き寄せられていく。


 アルが嬉しそうに叫ぶ。


『火の子たち、行けー!』


 火の魔粒子は螺旋を描きながら魔水晶へ吸い込まれていく。


 ミアは精霊眼で、その流れを一瞬たりとも見逃さない。


「綺麗です」


「逆流ありません」


「偏りありません」


「理論通りです」


 火の魔粒子は次々と魔水晶へ集まり、その中心へ吸い込まれていく。


 やがて。


 透明だった魔水晶の中心が、淡い紅色に染まり始めた。


「定着します!」


 ミアの声が研究室へ響く。


 クロエは思わず拳を握る。


 エルンストは一切気を緩めることなく術式を維持し続けた。


 紅い輝きは、ゆっくりと強さを増していく。


 これまでなら、この瞬間に火の魔粒子は拡散していた。


 しかし。


 今回は違う。


 火の魔粒子は逃げない。


 弾かれない。


 静かに。


 確実に。


 魔水晶の中心へ留まり続けている。


 十秒。


 二十秒。


 三十秒。


 誰も息をすることさえ忘れていた。


 そして――。


 紅い輝きは、ついに完全な安定を見せた。


 ミアはゆっくりと精霊眼を閉じる。


 その瞳には涙が浮かんでいた。


「……成功です」


「火の魔粒子が、完全に定着しました」


 一瞬の静寂。


 次の瞬間。


 研究室は歓喜に包まれた。


 クロエは震える手で魔水晶を持ち上げる。


 透明だった結晶は、美しい紅玉のような輝きを放っていた。


 内部には火の魔粒子だけが静かに巡り、揺らぐことなく安定している。


「……完成じゃ」


 震える声だった。


「世界初の人工火属性魔法石じゃ」


『やったーーー!!』


 アルが勢いよく研究室中を飛び回る。


『できた! 本当にできた!』


 リリも羽を大きく広げて笑顔を弾けさせた。


『火の子たちも、みんな喜んでるよ!』


 ミアは火の魔法石を胸へ抱き締める。


 涙が止まらなかった。


「本当に……」


「本当に作れたんですね」


 エルンストも静かに完成した魔法石を見つめる。


 その口元には、いつもの冷静さとは違う穏やかな笑みが浮かんでいた。


「皆で成し遂げた成果だ」


 クロエは紅く輝く火の魔法石から目を離せなかった。


 幼い頃から六十年近く魔法を学び続けてきた。


 その長い年月の中で、何度となく教えられてきた。


 魔法石は自然だけが生み出す奇跡。


 人の手で生成することはできない。


 それは、有史以来、誰一人として疑うことのなかった魔法学の常識だった。


 しかし今。


 その常識は、この研究室で覆された。


 ミアの精霊眼。


 エルンストの魔法技術。


 妖精たちの知恵。


 そして、人が積み重ねてきた魔法学。


 そのすべてが結実し、新たな歴史が生まれたのだ。


 クロエは火の魔法石をそっと胸に抱き、小さく微笑んだ。


「……有史以来、誰も疑うことのなかった魔法学の常識が、今この瞬間、覆ったのじゃ」


 朝日が研究室へ差し込む。


 その光を浴びながら、世界で初めて人の手によって生み出された火の魔法石は、美しく紅く輝いていた。


 それは単なる発明ではない。


 人類の魔法史が、新たな時代へ踏み出した瞬間だった。

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