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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第84話 希望の灯火

 研究を始めてから十日余り。


 離宮の研究室には、数え切れないほどの羊皮紙が積み重なっていた。


 失敗した魔法陣。


 何度も書き直した術式。


 実験記録。


 観測結果。


 そして、砕け散った魔水晶の破片が箱いっぱいに収められている。


 その一つひとつが、三人の歩んできた試行錯誤の証だった。


 そして、この日。


 研究室には、これまでにない緊張が漂っていた。


「第二十四試験を開始する」


 クロエの静かな声が響く。


 エルンストは魔法陣へ魔力を送り始めた。


 淡い光が術式全体を巡り始める。


 ミアは精霊眼を開き、エレメントの流れを一瞬たりとも見逃すまいと集中した。


 リリとアルも、いつになく真剣な表情で実験を見守っている。


『頑張れ……』


『あと少しだ』


 火のエレメントは魔法陣へ引き寄せられ、螺旋を描きながら魔水晶へ流れ込んでいく。


 昨日までとは違う。


 流れは穏やかで、美しい。


 乱流も、逆流も見当たらない。


「今です」


 ミアが静かに呟く。


「流れが安定しています」


 クロエは小さく頷き、術式の維持へ意識を集中させた。


 火のエレメントはゆっくりと魔水晶へ吸い込まれていく。


 そして――。


「……!」


 ミアは思わず息を呑んだ。


 火のエレメントが、魔水晶の中へ留まっている。


 ほんの一瞬。


 わずか数秒。


 それでも確かに、火のエレメントだけが魔水晶の内部へ定着していた。


「成功じゃ!」


 クロエが思わず声を上げる。


 だが、その歓喜も束の間だった。


 ふわり、と火のエレメントは霧が晴れるように拡散し、魔水晶は再び透明な結晶へ戻ってしまう。


 研究室は静まり返った。


 完成には至らなかった。


 失敗だった。


 ――それでも。


 誰一人として落胆はしなかった。


 ミアは嬉しそうに微笑む。


「見えました」


「火のエレメントが……ちゃんと定着しました」


「ほんの数秒でしたけど、確かに留まっていました」


 エルンストも静かに頷く。


「ああ」


「私も魔力の反応が変わったのを感じた」


「今までとは明らかに違う」


 クロエは震える手で魔水晶を持ち上げた。


 その瞳には、三十年にわたり魔法を研究し続けてきた学者だけが見せる、抑え切れない喜びが宿っていた。


「……できる」


 かすれた声が漏れる。


「人間だけでも」


「妖精の力を借りずとも」


「火のエレメントは定着できる」


 何度も、何度も頷く。


「理論は正しかった」


「必要なのは、あとほんの少しだけじゃ」


 ミアの胸にも熱いものが込み上げる。


 ここまで何度失敗しただろう。


 何枚の羊皮紙を書き直しただろう。


 何個の魔水晶を割っただろう。


 そのすべてが、この一瞬へ繋がっていた。


『やったぁ!』


 リリは嬉しそうに宙を飛び回る。


『もうすぐ完成だ!』


 アルも拳を握り締めた。


 エルンストは窓の外へ視線を向ける。


 いつの間にか雪は止み、厚い雲の切れ間から柔らかな陽光が差し込んでいた。


 その光は研究室を優しく照らし、机の上の魔水晶を淡く輝かせる。


 まるで未来を祝福するかのようだった。


 クロエはその光景を見つめながら、静かに微笑む。


「希望は見えた」


「必ず完成させよう」


「はい!」


 ミアは力強く頷いた。


 妖精の知恵。


 精霊眼。


 そして、人の英知。


 三つが重なり合った時、長きにわたり失われていた古代技術は、再びこの世界へ蘇ろうとしていた。


 火の魔法石。


 それは、もはや夢物語ではない。


 誰もが暖かく冬を越せる未来は、確かにその先にあった。


 研究室へ差し込む一筋の陽光は、小さな希望の灯火のように三人を照らしていた。


 その灯火はやがて帝国中を照らし、多くの人々の暮らしを変える大きな光となる。


 その日が訪れることを、三人はまだ知らない。


 それでも彼らは信じていた。


 努力は決して裏切らないと。


 そして、希望は必ず未来へ繋がるのだと。


 

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