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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第77話 再現性

 翌日。


 離宮の研究室には、朝から静かな空気が流れていた。


 机の上には何冊もの古い魔法書が積み上げられている。


 クロエはその中の一冊を手に取り、ゆっくりとページをめくった。


「さて、今日は少し歴史の話をしよう」


 ミアは首を傾げる。


「歴史ですか?」


「うむ」


 クロエは静かに頷いた。


「実はのう……火のエレメントだけを宿した魔石という発想そのものは、お主が初めてではない」


「えっ?」


 ミアは目を丸くした。


 エルンストも静かに腕を組む。


 クロエは古びた研究書を机へ広げる。


 色褪せた図面や、長い年月を経た研究記録がそこには残されていた。


「およそ三百年前」


「ある宮廷魔術師が、単一属性のエレメントだけを宿した魔石の可能性を唱えた」


 さらにページをめくる。


「そして三十年前――魔王討伐の折には、わし自身もこの理論を研究しておった」


 ミアは驚きを隠せなかった。


「クロエ様も……?」


「ああ」


 クロエは懐かしそうに目を細める。


「あの頃、仲間たちは魔王討伐へ向けた準備に追われておった」


「わしは少しでも魔法学を発展させられぬかと、多くの文献を読み漁り、この理論を何度も試した」


「しかし、完成には至らなんだ」


 研究室が静まり返る。


「なぜですか?」


 ミアが尋ねる。


 クロエは一つの魔水晶を手に取り、黒板へ三つの項目を書いた。


 ――第一法 妖精誘導法。


 ――第二法 魔石精製法。


 ――第三法 自然濃縮法。


「理論上、魔法石には三つの生成法が存在すると伝えられておる」


「まず第一法――『妖精誘導法』」


 クロエは静かに続けた。


「最古にして、最も純度の高い魔法石を生み出したと伝えられる古代製法じゃ」


「もっとも、今となってはおとぎ話じゃがの」


「妖精が同じ属性のエレメントだけを呼び集め、魔水晶へ定着させていた――そんな記述は古い文献に残されておる」


「しかし、それを証明する遺物も記録も見つかっておらん」


「存在したのかどうかすら分からぬ、伝説の技術じゃ」


 リリとアルは顔を見合わせる。


『へぇー』


『昔の妖精たちはそんなことしてたのかな?』


 もちろん、その声はミアにしか聞こえない。


 クロエは続けた。


「第二法――『魔石精製法』」


「これは現代の魔術師たちが最も研究した方法じゃ」


「通常の魔石から不要なエレメントを取り除き、純度を高めようとした」


 しかし、クロエは静かに首を横へ振る。


「意味はなかった」


「完全な分離は不可能」


「莫大な時間と魔力を費やしても、得られるのは中途半端な魔石だけ」


「純度は低く、魔法陣も安定せん」


「しかも製造費は、新たな魔石を何個も作れるほど高くつく」


 エルンストも静かに言葉を継ぐ。


「研究成果に対して費用が見合わない」


「ゆえに、この理論は実用性なしと判断された」


 クロエは苦笑した。


「今では誰も研究しておらん」


 最後に三つ目を指す。


「第三法――『自然濃縮法』」


「極めて稀な天然現象じゃ」


「魔石を長年使い続けることで、他属性のエレメントだけが消費され、一属性だけが残ることがある」


「天然の魔法石じゃな」


「数百年に一つ見つかるかどうかと言われるほど希少じゃ」


 ミアは小さく頷いた。


「つまり……」


「人の手で安定して作る方法は存在しない」


 クロエは断言した。


「これが、わしが三十年前に辿り着いた結論じゃ」


 そして魔水晶を机へ置く。


「研究とは、一度成功するだけでは意味がない」


「誰がやっても、何度でも同じ結果を得られること」


「それが再現性じゃ」


 研究室は静まり返る。


 その時だった。


『そんなの難しいの?』


 リリが首を傾げた。


『火の子を集めるだけじゃん』


 アルも当然のように言う。


 ミアは思わず苦笑した。


「二人は、そんなに難しいことじゃないって言っています」


 クロエも思わず笑みを浮かべる。


「やはり妖精とは面白い存在じゃ」


「人間が何百年も追い求めたことを、本能でやっておるのじゃからな」


 リリは胸を張る。


『だって火の子は友達だもん!』


 アルも続けた。


『呼べば来るし』


 その一言に、ミアの表情が変わった。


「……アル」


「今、何て言ったの?」


『火の子は呼べば集まるよ?』


『火が好きな場所には自然と集まるけど、呼びかければもっと集まる』


 ミアの鼓動が一気に速くなる。


「クロエ様!」


 勢いよく立ち上がる。


「妖精たちは、火のエレメントは呼びかければ集まると言っています!」


 クロエとエルンストは同時にミアを見た。


「……何じゃと?」


「火が好きな場所には自然と集まります。でも、呼びかければもっと集まるそうです」


 研究室は静まり返った。


 クロエは黒板に書かれた『妖精誘導法』の文字をじっと見つめる。


「……まさか」


 震えるような声が漏れた。


「古代の魔術師たちは……妖精の習性を利用していたというのか」


 ミアの胸が高鳴る。


 人間はエレメントを支配しようとしてきた。


 魔力で分離し、無理やり定着させようとしてきた。


 しかし妖精は違う。


 支配するのではない。


 呼びかけ、導き、集めていた。


 その発想の違いこそが、三百年間誰一人として越えられなかった壁だったのかもしれない。


 もし妖精たちの習性を理論として解き明かし、人間の魔法陣で再現できたなら――。


 失われた古代技術は、この時代によみがえる。


 その希望が今、三人の前に静かに姿を現そうとしていた。


 そして、この日、妖精たちが何気なく口にした一言こそが、後に世界初の魔法石を生み出す決定的な突破口となることを、この時の誰もまだ知らなかったのである。

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