第76話 魔石の秘密
翌朝。
離宮の研究室では、第三回目の講義が始まろうとしていた。
黒板の前へ立ったクロエは、いつものようにチョークを手に取ると、四つの言葉を書き記した。
――魔鉱石。
――魔石。
――魔水晶。
――魔道具。
「本日は、この四つについて学ぶ」
ミアは真剣な表情で頷く。
肩の上ではリリが足をぶらぶらさせ、本棚の上ではアルが興味深そうに身を乗り出していた。
『今日は石の話か』
『宝石みたいなのあるかな?』
二人の様子に、ミアは思わず小さく笑みをこぼす。
クロエは机の上へ黒い鉱石を置いた。
鈍い光沢を放つ、拳ほどの大きさの石だった。
「まずは魔鉱石じゃ」
「これは山や地中に眠る鉱石であり、長い年月をかけて自然界の魔素が染み込み、物質化したものを指す」
ミアは精霊眼で覗き込む。
「中に魔素がいっぱい……!」
鉱石の内部では、色とりどりのエレメントが静かに漂っていた。
クロエは満足そうに頷く。
「その通りじゃ」
「そして、この魔鉱石を精錬したものが魔石じゃ」
今度は透明感のある小さな宝石を机へ置く。
その内部では、火、水、風、土――四色のエレメントがゆっくりと渦を巻いていた。
「魔石は魔素を蓄えられる」
「魔法使いはこれを触媒として用いることで、自らの魔力消費を大きく抑えられるのじゃ」
エルンストも静かに補足する。
「戦場では必需品だ」
「長時間戦い続けるためには欠かせない」
ミアは感心したように頷いた。
「では、魔力を使い切ると?」
クロエは透明な結晶を取り出した。
「これが魔水晶じゃ」
「魔石の魔素を使い果たした状態で、中は空になっておる」
ミアが精霊眼で見ると、そこには何のエレメントも存在しなかった。
まるで澄み切った空気のように透明だった。
「再び魔素を注げば、魔石として再利用できる」
「じゃが、それだけでは終わらぬ」
クロエは今度は小さなランタン型の魔道具を机へ置く。
「これが魔道具じゃ」
「内部へ魔法陣を組み込み、魔法を道具として利用できるようにしたものじゃな」
ミアは首を傾げた。
「でも……普通の魔石だけでは動かないんですよね?」
「その通り」
クロエは静かに頷いた。
「では、実際に見てみよう」
机の中央へランタンを置き、その内部へ普通の魔石をはめ込む。
続いて火属性の簡易魔法陣を起動した。
一瞬だけ赤い光が灯る。
しかし次の瞬間――。
パチッ!
小さな火花が散り、光はあっけなく消えてしまった。
「失敗じゃ」
ミアは目を丸くする。
「どうしてですか?」
クロエは魔石を取り出した。
「精霊眼で見てみるのじゃ」
ミアは意識を集中させる。
すると、魔石の内部では火、水、風、土、四種類のエレメントが互いに入り乱れ、ぶつかり合っていた。
「エレメント同士が……喧嘩しています!」
その言葉に、リリが「あっ」と声を上げた。
『やっぱり!』
『火の子たち、すごく居心地悪そうだったもん!』
アルも腕を組みながら頷く。
『火は火だけで集まりたいんだ』
『水が近くにいると落ち着かないし、風はちょろちょろ動くしさ』
「なるほど……」
ミアは二人の言葉をクロエへ伝える。
クロエは興味深そうに目を細めた。
「妖精には、そのように見えておるのか」
「はい」
「エレメントにも集まりやすい性質があるみたいです」
クロエは感心したように頷く。
「実に興味深い」
「人間はエレメントを粒子として研究してきた」
「しかし妖精は、その性質を本能で理解しておるというわけじゃな」
そして説明を続ける。
「火の魔法陣は火のエレメントだけを必要とする」
「しかし普通の魔石には四つのエレメントが混在しておる」
「魔法陣には、それらを完全に選別する力はない」
「結果、互いに干渉し合い、魔法式が乱れてしまう」
「だから普通の魔石だけでは、魔道具は安定して作動せんのじゃ」
エルンストも続ける。
「魔法使いなら、自ら魔力で必要なエレメントだけを制御できる」
「だから普通の魔石でも扱える」
「つまり、人が制御して初めて魔石は本来の力を発揮する」
ミアは静かに頷いた。
「だから魔法が使えない人には扱えないんですね」
「ああ」
研究室が静まり返る。
その時だった。
リリがぽつりと呟く。
『だったら、火の子だけのお家を作ってあげればいいじゃん』
『そうすれば誰も喧嘩しないよ』
アルも笑った。
『火だけなら、みんな喜んで集まるぜ』
その言葉を聞いた瞬間、ミアの瞳が大きく見開かれた。
「……そうだ」
クロエが視線を向ける。
「どうした?」
ミアはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「最初から火のエレメントしか入っていなければ……」
「魔法陣は迷わず、火のエレメントだけを利用できます」
一瞬、研究室が静まり返る。
クロエは目を見開き、エルンストも小さく息を呑んだ。
やがてクロエは、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「そうじゃ」
「それこそが、お主の考えた魔法石理論じゃ」
普通の魔石では不可能。
だが、火のエレメントだけを宿した魔石ならば。
魔法陣は一切迷うことなく火のエレメントだけを利用できる。
「つまり……」
エルンストが静かに口を開く。
「魔法使いでなくとも、魔道具を扱える可能性がある」
ミアの瞳に希望の光が宿る。
目指すべき道は、さらに鮮明になった。
火の魔法石。
その完成は、決して夢物語ではない。
三人と二人の妖精は、新たな確信を胸に、次なる実験へ向けて歩み始めるのだった。




