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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第75話 魔法式と魔法陣

 翌日。


 離宮の研究室では、第二回目の講義が始まろうとしていた。


 黒板の前にはクロエ。


 その正面には机を並べるミアとエルンスト。


 そして、ミアの肩にはリリが腰掛け、本棚の上ではアルが足をぶらぶらと揺らしている。


『今日は実技もあるんだって』


『ちょっと楽しみだな』


 妖精たちも興味津々だった。


 クロエは黒板へ二つの言葉を書き記す。


 ――魔法式。


 ――魔法陣。


「本日は、この二つについて学ぶ」


 ミアは小さく首を傾げた。


「昨日教えていただいた魔法や魔術とは違うのですか?」


「うむ」


 クロエは頷く。


「魔法を家に例えるなら、魔法式は設計図」


「魔法陣は、その設計図を実際に形にしたものじゃ」


「設計図……」


「どれほど立派な家でも、設計図なしには建てられんじゃろう?」


 ミアは納得したように頷く。


「つまり、魔法式が理論で、魔法陣が実際に動かす仕組みなんですね」


「その通りじゃ」


 クロエは満足そうに微笑んだ。


「魔法式とは、魔素をどのように変換・制御し、どのような現象を起こすかを記した理論そのものじゃ」


「そして、その魔法式を図形として形態化したものが魔法陣じゃ」


 ミアは黒板へ描かれた複雑な図形を見つめる。


 幾重にも重なる円。


 精密に引かれた線。


 無数の古代文字。


 一見しただけでは何を意味しているのか分からない。


「難しそうです……」


 クロエはくすりと笑った。


「だから今日は、実際に見てもらう方が早い」


 そう言ってエルンストへ視線を向ける。


「頼めるかの」


「ああ」


 エルンストは静かに立ち上がった。


 部屋の中央へ歩み出ると、右手をゆっくりと前へ差し出す。


「よく見ていろ」


 その瞬間だった。


 ミアの精霊眼に、世界の姿が変わる。


 周囲に漂っていた魔素が、エルンストの魔力へ引き寄せられていく。


 魔法陣へ流れ込んだ魔素は、その内部で魔法式に従って変換され、水のエレメントと風のエレメントへ姿を変えた。


「これは……!」


 次の瞬間。


 淡く青白く輝く巨大な魔法陣が宙へ浮かび上がる。


 幾重にも重なる円。


 複雑に組み合わされた線。


 無数の魔法文字。


 精密な図形が一つの術式として完成していた。


「見えるのか」


 エルンストが尋ねる。


「はい!」


 ミアは興奮したように頷いた。


「魔法陣の中で魔素が変換されています!」


「水のエレメントと風のエレメントになって流れています!」


 クロエは満足そうに微笑んだ。


「その通りじゃ」


「魔法陣とは、魔法式に従って魔素を制御するための回路でもある」


 エルンストはさらに魔力を流し込む。


 すると魔法陣の中を、水と風のエレメントが高速で巡り始めた。


 やがて二つのエレメントが交わる。


 パキパキッ。


 澄んだ音とともに、空中へ一輪の氷の花が咲いた。


「綺麗……」


 ミアは思わず見惚れる。


 透明な花弁は光を受け、宝石のように美しく輝いていた。


「これが氷魔法だ」


 エルンストは静かに説明する。


「魔法陣が魔素を水と風のエレメントへ変換する」


「その二つを魔法式どおりに組み合わせることで、水を凍らせている」


 クロエも補足する。


「つまり魔法式とは、『魔素をどう変換し、どう制御して目的の現象を起こすか』を定めた理論じゃ」


「そして魔法陣は、その理論を現実世界で実行する装置というわけじゃな」


 ミアは精霊眼で魔法陣の内部を食い入るように見つめていた。


 魔素が流れ込む。


 水のエレメントへ変換される。


 風のエレメントへ変換される。


 二つが交わり、氷が生まれる。


「分かります……!」


 思わず声が弾む。


「魔法陣はただの模様じゃありません!」


「魔素を目的のエレメントへ変換する道筋なんですね!」


 クロエは目を丸くした。


「……そこまで見抜くか」


 普通の魔術師なら何年も学んでようやく理解する内容だった。


 しかしミアは実際に魔素とエレメントの流れを見ている。


 だから理論と現象が一直線に結び付く。


「精霊眼とは、本当に恐ろしい才能じゃのう」


『すごーい!』


『全部見えてるのか!』


 リリとアルも感心したように声を上げる。


 ミアは嬉しそうに笑った。


「教科書だけだったら、きっと分からなかったと思います」


「でも、本当に流れているところが見えるから理解できるんです」


 エルンストは静かに頷いた。


「その力は、この研究で誰にも代えられない武器になる」


「はい」


 ミアは力強く頷いた。


 火のエレメントだけを宿した魔法石。


 それを実現するには、魔素がどのように変換され、魔法陣の中でどのように制御されるのかを理解しなければならない。


 今日学んだ知識は、その第一歩だった。


 クロエは黒板へ最後の一文を書き加える。


 『魔法式は理論。魔法陣は、その理論を形にし、魔素を制御する術式である。』


「この言葉を忘れるでない」


「はい!」


 ミアは元気よく返事をした。


 研究は、まだ始まったばかり。


 しかしその一歩一歩が、火の魔法石という歴史的大発明へと、確実に近づいていたのである。

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