第71話 未来の皇妃
その夜。
帝都の小さな宿屋。
窓の外では、冬の風が静かに街を吹き抜けていた。
昼間の賑わいが嘘のように静まり返った部屋で、ミアは一人、椅子に腰掛けていた。
机の上には小さなランプ。
揺らめく炎だけが、部屋を淡く照らしている。
「……」
今日一日の出来事が、何度も脳裏を巡る。
市場で聞いた人々の声。
裏路地で見た貧困。
寒さに震える子どもたち。
そして、母親が漏らしたあの一言。
『冬が来るのが怖いんです』
思い出すたび、胸が締め付けられた。
さらに思い返す。
宿へ戻る道中で聞いた、エルンストの言葉。
『私は無力だ』
あの人はそう言った。
皇帝でありながら、救えない命がある。
どれだけ努力しても、予算には限りがある。
国を動かすには、多くの人々の生活や利権が複雑に絡み合っている。
簡単には変えられない。
その現実を、ミアは初めて知った。
「でも……」
小さく呟く。
「陛下は無力なんかじゃありません」
あの人は誰よりも民を想っている。
だからこそ苦しみ、悩み続けている。
だからこそ、自分もその隣で支えたいと思った。
ミアは窓の外を見上げる。
ほんの少し前まで。
自分は婚約者に捨てられた令嬢だった。
家族にも見放され、自分には何の価値もないのだと思っていた。
けれど今は違う。
白竜皇オルドに認められた。
エルンストに選ばれた。
未来の皇妃として、この国を共に歩むことを決めた。
「私は……」
胸の前でそっと手を握る。
「この国の人たちを守りたい」
それは誰かに与えられた使命ではない。
自分自身で選んだ願いだった。
その時だった。
机の上のランプが、小さく揺れる。
橙色の炎。
ゆらゆらと踊る火。
ミアは何気なく、その炎を見つめた。
「火……」
暖かい。
ただ、それだけで人の身体も心も救われる。
その瞬間、精霊眼に映る世界が変わった。
炎の周囲では、赤く輝く火のエレメントが、生き物のように舞っている。
火のエレメント。
水のエレメント。
風のエレメント。
土のエレメント。
世界を構成する四つのエレメント。
ミアの瞳が大きく見開かれる。
「……そうか」
世界は、四つのエレメントで成り立っている。
ならば――。
火のエレメントだけを集めることができれば。
火だけを宿した魔石を作ることができるのではないだろうか。
勢いよく立ち上がる。
「できるかもしれない……!」
鼓動が高鳴る。
まだ方法は分からない。
実現できる保証もない。
それでも、この着想は確かな可能性を秘めている。
もし火のエレメントだけを宿した魔石が作れたなら。
魔法が使えない人でも、暖を取れるかもしれない。
冬に怯える人々を救えるかもしれない。
寒さで命を落とす人を、一人でも減らせるかもしれない。
ミアの瞳には、確かな希望の光が宿っていた。
この夜に生まれた一つの着想。
それはやがて帝国中の冬を変え、人々の暮らしを支える歴史的大発明――
火の魔法石誕生への、記念すべき第一歩となるのであった。




