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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第67話 帝都の裏側

 賑やかな大通りを後にしたエルンストとミアは、人通りの少ない路地へと足を向けた。


 石畳の道は次第に狭くなり、建ち並ぶ家々も古びたものが目立ち始める。


 大通りから歩いて、ほんの数分。


 それだけだった。


 しかし、一歩裏路地へ足を踏み入れた瞬間、二人の目の前にはまったく別の世界が広がっていた。


「……えっ」


 ミアは思わず足を止める。


 建物の壁には無数のひびが走り、窓ガラスが割れたまま放置されている家も少なくない。


 冷たい風が吹き抜けるというのに、煙突から煙は一本も上がっていなかった。


 暖炉へくべる薪さえ買えないのだ。


 薄い毛布に身を包んだ幼い兄妹が、互いの身体を寄せ合って震えている。


「お兄ちゃん……寒いよ」


「もう少しだけ我慢しよう」


 兄は妹を安心させようと笑顔を作る。


 だが、その唇も寒さで小刻みに震えていた。


 さらに歩みを進める。


 路地の片隅では、身寄りを失った孤児たちが肩を寄せ合って座っていた。


 擦り切れた服。


 痩せ細った身体。


 誰も騒ぐことなく、ただ静かに行き交う人々を見つめている。


 その少し先では、一人の壮年の男が壁にもたれ掛かって座り込んでいた。


 足元には古びた木札。


 そこには、力なくこう書かれている。


 ――仕事求む。


「仕事が……見つからないんだ」


 誰に向けるでもない呟きが、静かな路地へ溶けていった。


 ミアは胸が締め付けられる思いだった。


「同じ帝都なのに……」


 つい先ほどまで歩いていた華やかな街並みが、まるで幻だったかのようだ。


 エルンストは静かに頷いた。


「これも帝都だ」


「豊かな者がいれば、貧しい者もいる」


「私は皇帝として、この現実から目を背けるわけにはいかない」


 その横顔には深い苦悩が滲んでいた。


 民を想う皇帝だからこその苦しみ。


 ミアはその表情を見つめ、何も言葉を返すことができなかった。


 その時だった。


「おい」


 低い声が背後から響く。


 二人が振り返ると、三人の男が路地を塞ぐように立っていた。


 どの男も目付きが鋭く、服は薄汚れている。


「悪いが、金を置いていってもらおうか」


 追い剥ぎだった。


 三人はゆっくりと距離を詰めてくる。


 狭い路地では逃げ場もない。


 ミアは思わず身を強張らせた。


 その瞬間だった。


 エルンストが静かに一歩前へ出る。


 そして、ごく自然な仕草でミアを自分の後ろへと庇った。


「陛……」


 思わず呼びかけそうになり、ミアは慌てて口を押さえる。


 今の二人は庶民だ。


 皇帝と呼ぶわけにはいかない。


 エルンストは男たちから一瞬たりとも目を逸らさない。


 静かな眼差し。


 しかし、その瞳には戦場を幾度も潜り抜けてきた歴戦の覇気が宿っていた。


「……やめておけ」


 低く落ち着いた声が路地へ響く。


 それだけだった。


 三人の男は思わず息を呑む。


「な、なんだこいつ……」


「やべぇ……」


 男たちは互いの顔を見合わせる。


 本能が告げていた。


 この男には敵わない、と。


「行くぞ!」


 一人が叫ぶと、三人は踵を返し、一目散に路地の奥へ逃げ去っていった。


 再び静寂が訪れる。


 エルンストはゆっくりと振り返った。


「もう大丈夫だ」


 その一言で、張り詰めていた緊張が一気にほどける。


「……はい」


 ミアは小さく頷いた。


 そして改めて気付く。


 自分はずっとエルンストの背中に守られていたことを。


 戦場で幾万もの兵を率いてきた背中。


 帝国を支え続けてきた皇帝の背中。


 その頼もしい背中が、今は自分だけを守ってくれていた。


(格好いい……)


 胸がどくん、と大きく鳴る。


 先ほどまでの照れくさい緊張とは違う。


 胸の奥が熱くなるような、初めて抱く感情だった。


 エルンストは何事もなかったかのように歩き出す。


「行こう」


「……はい」


 ミアは微笑み、小さく返事をした。


 その背中を見つめながら歩く足取りは、先ほどまでより少しだけ軽くなっていた。


 華やかな帝都。


 その裏側で目にした厳しい現実。


 そして、普段は決して見せることのないエルンストの頼もしい姿。


 この日のお忍び視察は、ミアの心に忘れられない二つの景色を深く刻み込むことになるのだった。

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