第4話 王城からの呼び出し
その知らせは突然だった。
昼食を終えた頃、ランベルト伯爵家に王宮からの使者が訪れたのである。
使用人に案内され、父は応接室で封書を受け取った。
王家の紋章が刻まれた正式な文書だった。
父は封を切り、中身に目を通す。
その瞬間――
ほんのわずかだったが、父の表情が曇った。
ミアはそれを見逃さなかった。
「お父様?」
呼びかけると、父は慌てたように顔を上げた。
「ああ、ミアか」
「何かあったのですか?」
「いや」
父は封書を畳み、少し間を置いてから言った。
「王宮から呼び出しだ」
その言葉に、ミアは目を瞬かせた。
王宮。
婚約者であるヘンリーが暮らす場所だ。
これまでにも何度か訪れているため、それ自体は不自然なことではない。
だが――
なぜだろう。
胸の奥がざわついた。
ミアはつい先日、十七歳の誕生日を迎えたばかりだった。
家族や使用人たちに祝福され、穏やかな時間を過ごした。
王太子妃となるための教育も順調に進み、周囲からはますます立派になったと褒められていた。
十七歳。
それは少女から大人へと近づく節目の年。
ミア自身も、ヘンリーの隣に立つ未来を思い描いていた。
だからこそ、今胸をよぎる得体の知れない不安が気になった。
「どなたからの呼び出しですか?」
「ミア、お前だ」
「私に?」
「ああ。明日の昼、王城へ来るようにとのことだ」
それだけだった。
理由は書かれていない。
誰が呼んでいるのかも記されていない。
妙に簡潔な文面だった。
王太子妃教育を受けてきたミアには分かる。
普通ではない。
少なくとも祝い事や慶事の類ではない。
そんな予感がした。
ふと。
最近のヘンリーの態度を思い出す。
会話が減った。
目を合わせてくれなくなった。
お茶会でも、いつしかエミリーと話す時間の方が長くなっていた。
胸の奥がちくりと痛む。
だがミアは首を振った。
考えすぎだ。
ヘンリーは王族なのだ。
忙しいのかもしれない。
何か事情があるのかもしれない。
そう思うことにした。
そう信じたかった。
向かいの席で紅茶を飲んでいたエミリーが顔を上げる。
「お姉様だけ?」
「ああ」
父が答える。
エミリーは一瞬だけ何かを考えるような顔をした。
だがすぐに微笑んだ。
「そうなんだ」
それ以上は何も言わない。
母も静かだった。
どこか落ち着かない様子だったが、結局何も語らなかった。
食卓には妙な沈黙が流れていた。
ミアだけが、その理由を知らない。
いや――
本当に知らないのだろうか。
胸の奥では何かが警鐘を鳴らしていた。
だがミアは耳を塞ぐ。
もし予感が本当だったら。
考えるのが怖かったからだ。
(大丈夫)
(きっと大丈夫)
そう自分に言い聞かせる。
しかし妖精たちの反応は違った。
『嫌な感じがする』
リリが珍しく真面目な顔をしていた。
いつもの明るい笑顔がない。
「リリ?」
『分かんないけど……嫌』
小さく呟く。
アルも窓辺で腕を組んでいた。
『俺もだな』
「アルまで?」
『王城の空気が変だ』
アルは窓の外を見た。
『最近ずっとだ』
『なんか嫌な匂いがする』
「匂い?」
『そういうもんだ』
それ以上は説明しなかった。
ミアにはよく分からない。
けれど二人とも冗談を言っている様子ではなかった。
不安が少しだけ膨らむ。
その日の夜。
ミアはなかなか眠れなかった。
ベッドに入っても目が冴えている。
窓の外には月が浮かんでいた。
静かな夜だった。
けれど胸の奥は少しも静かではない。
「どうしたんだろう……」
思わず呟く。
ヘンリーに何かあったのだろうか。
王家で問題が起きたのだろうか。
それとも。
もっと別の何かなのだろうか。
考えれば考えるほど落ち着かなくなる。
『行かなきゃ駄目か?』
窓辺に座るアルが言った。
「行かなきゃ」
ミアは苦笑した。
「王宮からの呼び出しだもの」
『そうだけどよ』
アルは納得していない様子だった。
リリも枕元へ降りてくる。
『ミア』
「なに?」
『気を付けてね』
その言葉にミアは少し驚いた。
リリがそんなことを言うのは珍しい。
だからこそ胸がざわつく。
「大丈夫だよ」
そう答えた。
自分自身を安心させるように。
「きっと大したことじゃないから」
だが。
本当にそうなのだろうか。
翌日。
ミアは王城へ向かう馬車に乗り込んだ。
窓の外には見慣れた王都の街並みが流れていく。
何度も見た景色。
何度も通った道。
それなのに今日は違って見えた。
いつもより人々の声が遠い。
いつもより空が薄暗い。
まるで世界そのものが、これから起こる出来事を知っているかのようだった。
やがて王城が見えてくる。
白亜の城壁。
高くそびえる塔。
ローズフィールド王国の象徴。
幼い頃から憧れていた場所。
未来の自分が暮らすはずだった場所。
だが今は。
なぜか冷たく見えた。
馬車がゆっくりと正門をくぐる。
ミアは無意識に胸元を押さえた。
心臓が早鐘のように鳴っている。
嫌な予感は消えない。
リリは肩の上で黙っていた。
アルも何も言わなかった。
いつも騒がしい二人が静かなことが、余計に不安を煽る。
そして――
この日が。
ミアの人生を大きく変える日になることを。
まだミアは知らなかったのである。




