第54話 警告
「陛下!!」
ミアの鋭い叫び声が、大広間に響き渡った。
その瞬間――。
楽団の演奏がぴたりと止まる。
談笑していた貴族たちも言葉を失い、会場中の視線が一斉にミアへ注がれた。
エルンストも、ナイフを持つ手を止める。
「ミア?」
突然の叫びに戸惑いを見せるエルンスト。
だが、ミアは構わず声を張り上げた。
「食べてはいけません!」
震える声だった。
それでも、その言葉には切迫した必死さが込められていた。
「その料理は危険です!」
ざわり、と大広間が揺れる。
「危険だと?」
「どういうことだ?」
「何が起きた?」
貴族たちがざわめき始めた。
少し離れた席では、皇兄クラウスも異変に気付き、静かに立ち上がる。
エルンストはすぐに表情を引き締めた。
ミアは、このような場で根拠もなく騒ぎを起こす人物ではない。
「理由を聞こう」
静かな声だった。
だが、その一言には皇帝としての威厳があった。
ミアは目の前の料理を指差す。
「魔素です」
「この料理には異常な量の魔素が注ぎ込まれています」
会場が静まり返る。
魔素。
誰もが知る言葉だった。
だが、それを料理と結び付けて考えた者はいない。
『間違いない!』
リリが叫ぶ。
『絶対おかしい!』
『近付くだけで気持ち悪いぞ』
アルも険しい表情で料理を睨みつける。
妖精たちは皆、料理から距離を取っていた。
まるで本能的に危険を察知しているようだった。
「クロエ様」
エルンストが呼ぶ。
「うむ」
すでにクロエは席を立っていた。
老魔法使いは料理の前まで歩み寄ると、静かに手をかざす。
周囲の空気が揺らぎ、青白い光が料理を包み込んだ。
魔力探査。
高度な鑑定魔法である。
会場中が固唾を呑んで見守った。
数秒後。
クロエの表情が変わる。
「……ほう」
その顔から笑みが消えていた。
エルンストの目が細められる。
「何かあったか」
「ある」
短く答えると、クロエはさらに魔力を流し込んだ。
すると――。
料理の上から黒い靄がゆっくりと浮かび上がる。
会場から悲鳴が上がった。
「なっ……!」
「なんだ、あれは!」
「魔法か!?」
貴族たちは一斉に青ざめる。
ミアには最初から見えていた。
だが、普通の人間には見えない。
クロエが魔法によって可視化したのだ。
黒い魔素。
異常な密度。
禍々しいほどの魔力の塊。
それが料理の上を漂っていた。
『うわぁ……』
リリが顔をしかめる。
『見えるようになると余計に気持ち悪い……』
『こんなの食ったら終わりだな』
アルも珍しく冗談を口にしなかった。
妖精たちの表情にも緊張が走る。
「馬鹿な……」
軍務卿が呟く。
レオンハルトも顔色を変え、グレゴールも無言で料理を見つめていた。
クラウスも険しい表情で事態を見守る。
クロエはゆっくりと振り返った。
その表情は厳しい。
「ミアの言う通りじゃ」
「この料理には異常な量の魔素が注ぎ込まれておる」
会場が凍り付く。
異常な量。
その一言だけで十分だった。
誰もが事態の深刻さを理解する。
「しかも――」
クロエはエルンストとミアの前に置かれた皿を交互に見た。
「異常が確認されたのは、この二皿だけじゃ」
その言葉に、大広間は再び騒然となった。
「陛下と未来の皇妃殿下だけを……!」
「狙ったというのか!」
クロエは静かに頷く。
「偶然ではない」
「誰かが意図的に魔法を使った」
ざわめきが広がる。
意図的。
つまり事故ではない。
誰かが仕組んだということだ。
エルンストの瞳が冷たく細められる。
「暗殺か」
「その可能性が高い」
クロエは断言した。
「これほどの高濃度の魔素が自然に集まることなどあり得ん」
「明確な殺意を持って行われたものじゃ」
その言葉を聞いたクラウスは、一歩前へ出る。
「近衛騎士!」
穏やかな表情は消え、皇族としての威厳に満ちた声が響いた。
「陛下とミアさんの護衛を最優先としろ!」
「それと同時に会場を封鎖する!」
「誰一人、この場から出してはならない!」
「はっ!」
近衛騎士たちが一斉に動き出す。
大広間の扉が閉ざされ、厳戒態勢が敷かれた。
先ほどまで祝福に満ちていた披露宴会場から、華やかな空気は完全に消え失せていた。
残されたのは張り詰めた緊張だけ。
未来の皇帝と未来の皇妃を狙った暗殺未遂。
それは、ヴァイスラント帝国そのものへの挑戦を意味していた。
『ミアが気付いて良かった……』
リリが胸を撫で下ろす。
『本当にな』
アルも真剣な表情で頷いた。
もしあと一瞬遅れていたなら。
そう考えるだけで、二人は背筋が寒くなる。
そして――。
誰もまだ知らない。
この事件が、やがて帝国全土を揺るがす巨大な陰謀の、ほんの始まりに過ぎなかったことを。




