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第53話 汚染された料理

 婚約披露宴は盛況だった。


 楽団が優雅な音楽を奏でる。


 貴族たちは談笑しながら杯を交わし、会場は祝福の空気に包まれていた。


 エルンストとミアも、多くの来賓たちから祝福の言葉を受けている。


「おめでとうございます」


「末永くお幸せに」


「帝国の未来が楽しみですな」


 誰もが笑顔だった。


 その光景を見ながら、ミアも自然と微笑む。


 すると――


 給仕たちが新たな料理を運んできた。


 黄金色に焼き上げられた肉料理。


 香り高いソース。


 色鮮やかな野菜。


 見た目にも美しい一皿だった。


「美味しそうですね」


 ミアが小さく呟く。


 その時だった。


 ふと、視界の端で何かが揺らめいた。


「……あれ?」


 ミアは目を細める。


 以前、聖山ヴェルグランで白竜皇妃エイルから聞いた言葉を思い出した。


『あなたの眼は精霊眼よ』


『魔眼の一種だけれど、とても珍しい力なの』


『魔粒子を見ることができる眼』


 魔素を構成する四元素――火、水、風、土。


 精霊眼は、それらを形作る魔粒子を知覚できる。


 そして、魔粒子によって身体を構成する妖精たちの姿も見ることができる。


 それが精霊眼だった。


 ミアは意識を集中させる。


 すると、世界の見え方が一変した。


 空気中を漂う無数の魔粒子。


 人々の身体に宿る魔素。


 魔道具の内部を流れる魔力。


 すべてが淡い光となって視界に映し出される。


『見えてるな』


 アルが言う。


『やっと慣れてきたか』


『精霊眼は便利だぞー』


 リリが得意げに胸を張る。


 ミアは小さく笑った。


 しかし、その笑みはすぐに消えた。


「なに……これ……」


 料理の周囲。


 そこだけ空気が歪んで見えた。


 黒い。


 まるで黒煙のような靄が、料理から立ち上っている。


 本来ならあり得ない光景だった。


 料理にも魔素は含まれている。


 生き物である以上、それは自然なことだ。


 だが、目の前の料理は違った。


 異常だった。


 魔素の密度が高すぎる。


 あまりにも高すぎる。


 火、水、風、土。


 本来なら調和して存在する四元素が、異常な量で無理やり押し込められていた。


 四元素は暴れるように渦を巻き、黒い濁流となって料理の周囲を漂っている。


 まるで暴走寸前の魔道具のようだった。


 さらに、その料理の周囲には妖精が一匹も近寄っていない。


 先ほどまで香りに誘われて集まっていた妖精たちが、怯えたように距離を取っていた。


『ミア』


 リリの声が震える。


『これ……変だよ』


『ああ』


 アルも険しい表情になる。


『こんな量の魔素、人間が食うもんじゃねぇ』


 近くにいた妖精たちも青ざめていた。


『いや……』


『こわい……』


『近寄りたくない……』


 ミアの背筋を冷たいものが走る。


 妖精たちも異常を感じている。


 つまり見間違いではない。


 確かに何かがおかしいのだ。


 ミアは周囲を見渡した。


 同じ料理が並んでいる。


 だが――


 異常があるのは一部だけだった。


 そして気付く。


 その料理は、自分とエルンストの席へ運ばれてきたものだった。


 心臓が大きく跳ねる。


 嫌な予感がした。


 とても嫌な予感だった。


 会場は相変わらず華やかだった。


 誰も気付いていない。


 誰も異常を感じていない。


 貴族たちは楽しそうに笑い、楽団も演奏を続けている。


 だが――


 ミアには見えていた。


 黒い靄。


 禍々しい高濃度の魔素。


 そして怯えて逃げ惑う妖精たち。


 精霊眼が警鐘を鳴らしている。


 危険だ。


 絶対に食べてはいけない。


『ミア!!』


 リリが叫ぶ。


『駄目だ!』


『止めろ!!』


 アルも叫んだ。


 ミアは勢いよく立ち上がる。


 その瞬間。


 エルンストがナイフを手に取った。


 料理へ手を伸ばす。


 間に合わない。


 そう思った瞬間――


「陛下!!」


 ミアの叫び声が大広間に響き渡った。

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