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第51話 集う貴族たち

 婚約披露宴を翌日に控えた朝。


 帝都シュヴァルツブルクは、普段にも増して賑わいを見せていた。


 街道には豪華な馬車が列をなし、次々と帝都へ入ってくる。


 掲げられた家紋旗。


 煌びやかな装飾。


 護衛の騎士たち。


 そのどれもが、帝国を代表する大貴族たちの一行だった。


 未来の皇帝と皇妃の婚約披露宴。


 それは帝国中の有力者が集う一大行事である。


 欠席など許されない。


 そのため各地の貴族たちが続々と帝都へ集結していた。


 皇宮もまた慌ただしかった。


 使用人たちは来賓の案内に追われ、騎士たちは警備を強化している。


 大広間では最終確認が行われていた。


「すごいですね……」


 窓から外を眺めながら、ミアは呟く。


 帝国中の視線が、この婚約披露宴へ向けられている。


 未来の皇妃として迎える最初の大舞台。


 自然と背筋が伸びた。


『馬車ばっかりだな』


 アルが窓辺を飛び回る。


『偉い人だらけなんだろうな』


『絶対疲れるやつだ』


 リリも苦笑した。


 その時、侍女が部屋へ入ってくる。


「ミア様」


「はい」


「来賓の皆様へのご挨拶のお時間です」


 ミアは静かに頷いた。


 案内された応接広間には、帝国中枢を担う要人たちが勢揃いしていた。


 宰相グレゴール。


 外務大臣レオンハルト。


 軍務卿。


 財務卿。


 法務卿。


 そして各地方の大貴族たち。


 皆が礼儀正しく祝福の言葉を贈る。


 しかし、その視線は温かいものばかりではなかった。


「他国の令嬢だからな」


「白竜皇陛下に選ばれたとはいえ……」


「皇妃が務まるかどうかは別問題だ」


 小声だった。


 それでもミアの耳には届いていた。


 当然だと思う。


 まだ何も成し遂げていない自分を信頼できないのは当然なのだ。


 だからこそ、努力しよう。


 未来の皇妃として。


 そう心へ誓った、その時だった。


「ヴァルデン公爵家ご令嬢、イザベラ・フォン・ヴァルデン様」


 広間の空気がわずかに変わる。


 一人の令嬢が静かに歩み出た。


 艶やかな真紅の長い髪。


 燃える紅玉のような真紅の瞳。


 その立ち姿は凛として美しく、誰もが振り返るほどの存在感を放っていた。


 イザベラ・フォン・ヴァルデン。


 ヴァルデン公爵家の令嬢。


 そして、かつて皇妃候補の最有力とまで謳われた女性。


 だが彼女もまた、この五年間、他の皇妃候補たちと同じく白竜皇オルドに会うことすら叶わず、門前払いされ続けた一人だった。


 イザベラは優雅に一礼する。


「この度は、ご婚約おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 ミアも丁寧に頭を下げる。


 イザベラは微笑んだ。


 その笑みは美しかった。


 しかし、その奥には複雑な感情が隠れている。


「白竜皇陛下にお選びいただいたと伺っております」


「未来の皇妃として、多くの者が貴女様を見つめることになるでしょう」


「どうか……その期待を裏切られませんよう」


 穏やかな言葉。


 だが周囲の貴族たちは、その言葉の奥にある嫉妬を感じ取っていた。


 元皇妃候補。


 本来なら、自分が立っていたかもしれない場所。


 その複雑な胸中は誰にも理解できる。


 しかし。


「ありがとうございます」


「皆様に認めていただける皇妃になれるよう、精一杯努力いたします」


 ミアは屈託なく微笑んだ。


 皮肉も嫌味も、まるで伝わっていない。


 イザベラは一瞬だけ目を丸くする。


(……この方、本当に天然なのね)


 思わず毒気を抜かれ、小さく息を吐いた。


「……期待しておりますわ」


 そう言い残し、静かに列へ戻っていく。


『……全然気付いてねぇ』


 アルが呆れたように呟く。


『天然ってすげぇな』


 リリも苦笑した。


 その時だった。


「皆、未来の皇妃殿下をあまり困らせないで差し上げてください」


 穏やかな声が応接広間へ響く。


 振り返ると、クラウスが柔らかな笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。


「皆様が歓迎したいお気持ちは、よく分かります」


「ですが、明日の主役はエルンストとミアさんです」


「どうか今日は、温かく見守っていただければ幸いです」


 その一言で、張り詰めていた空気は和らいだ。


 貴族たちも笑みを浮かべる。


 その時。


「大丈夫か」


 低い声が聞こえる。


 隣にはエルンストが立っていた。


「少し緊張しているように見えた」


 ミアは少しだけ笑う。


「少しだけです」


「そうか」


 短い一言。


 それだけなのに、不思議と心が落ち着いた。


 明日は婚約披露宴。


 帝国中が見守る大舞台。


 未来の皇妃としての第一歩が、いよいよ始まろうとしていたのである。

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