第49話 未来へ
翌朝。
フロストハイム村を出発した馬車は、北方街道を進んでいた。
空は澄み渡り、昨夜まで吹き荒れていた冷たい風もすっかり収まっている。
東の空から昇る朝日が、白銀の山々を黄金色に染め上げていた。
雪の残る大地は光を受けてきらめき、まるで世界そのものが輝いているようだった。
「綺麗……」
ミアは思わず呟いた。
この地は厳しい。
人々を苦しめる寒さがあり、ときには命を奪う冬がある。
けれど同時に、息を呑むほど美しい景色を見せてくれる場所でもあった。
馬車の窓から外を眺めながら、ミアは昨日訪れた村のことを思い出す。
寒さに耐える人々。
薄い服をまとった子供たち。
そして、寒さのために命を落とした老人。
胸が締め付けられるような思いだった。
その時――
「ミア」
隣から声がした。
エルンストだった。
「はい」
ミアは顔を向ける。
エルンストは窓の外を見つめていた。
朝日に照らされた雪原。
その向こうには、広大な帝国の大地が続いている。
しばらく沈黙が流れる。
やがてエルンストは静かに口を開いた。
「私は――」
その声は穏やかだった。
「この国が好きだ」
ミアは少し驚く。
エルンストは続けた。
「厳しい土地だ」
「冬は長く寒い」
「豊かな国とは言えない地域も多い」
それでも――
彼の瞳はまっすぐ前を見据えていた。
「だが」
「ここで生きる人々は強い」
「家族を守り」
「隣人を助け」
「厳しい冬を乗り越えている」
ミアは黙って耳を傾ける。
「だからこそ」
エルンストは静かに言った。
「誰もが暖かく暮らせる国を作りたい」
それは決意の言葉だった。
皇帝としての願い。
五年間抱き続けてきた想い。
ミアはその横顔を見つめる。
冷徹皇帝。
人々は彼をそう呼ぶ。
けれど、それは違う。
この人は誰よりも民を愛している。
だから苦しみ、悩み、それでも諦めない。
ミアは小さく微笑んだ。
「私もです」
エルンストがこちらを見る。
ミアは真っ直ぐに頷いた。
「私も」
「誰もが暖かく暮らせる国を作りたいです」
寒さに震える子供たちの姿が脳裏に浮かぶ。
村人たちの笑顔も思い出す。
あの人たちが、もっと安心して暮らせる未来を見たい。
心からそう思った。
エルンストは静かに頷く。
「ありがとう」
短い言葉だった。
だが、その声はどこか柔らかかった。
『良い感じだな』
アルが小さく呟く。
『うん』
リリも珍しく静かだった。
『同じ方向を見てる』
『そうだな』
妖精たちは微笑む。
馬車は進む。
朝日を浴びながら。
雪原を越えながら。
帝都シュヴァルツブルクへ向かって。
答えはまだ見つかっていない。
寒さを克服する方法も。
燃料不足を解決する方法も。
何一つ分かってはいない。
それでも。
二人は同じ未来を見据えていた。
未来の皇帝と。
未来の皇妃。
支え合いながら歩んでいく二人の道は、まだ始まったばかりだ。
こうして、大聖女への婚約報告の旅は幕を閉じる。
しかし――
二人の未来の物語は、ここから始まるのだった。




