第47話 寒さの国
ヴァイスラント帝国へ入って数日後。
一行は北方街道沿いにある小さな村へ立ち寄っていた。
馬たちを休ませるためだった。
村の名前はフロストハイム村。
人口百人ほどの小さな集落である。
馬車を降りた瞬間。
ミアは思わず身震いした。
冷たい風が頬を撫でる。
春だというのに寒い。
ナルシス王国とはまるで別世界だった。
『ひゃっ!?』
リリが慌ててミアの肩へしがみ付く。
『な、なにここ寒い!』
『お前、風の妖精だろ』
アルが呆れた声を出す。
『風は好きだけど寒いのは別なの!』
『なるほど』
アルも少し震えていた。
『……確かに寒いな』
火の妖精であるアルですらそう感じるほどの寒さだった。
「これでも暖かくなった方だ」
エルンストが言う。
ミアは驚いた。
これで暖かいというのだから、この国の冬がどれほど厳しいのか想像もつかない。
一行は村の中を歩いた。
石造りの家々。
低い屋根。
壁には補修の跡が目立つ。
そして――
村人たちの表情は決して明るくなかった。
広場では男たちが薪を割り、
老人たちは枯れ木を集めている。
まだ春だというのに、
皆、すでに次の冬へ備えているようだった。
「どうしてこんなに早く薪を集めているんですか?」
ミアが尋ねる。
案内役の村長は苦笑した。
「集められる時に集めておかねばなりませんので」
「冬になってからでは遅いのです」
その声には切実な響きがあった。
ミアは胸が痛んだ。
その時だった。
村の片隅で小さな子供たちが遊んでいるのが見えた。
だが、その服は薄く、
何度も繕われた跡がある。
赤くなった手。
冷え切った頬。
「寒くないの?」
ミアが尋ねる。
すると少年は笑った。
「寒いよ!」
明るい返事だった。
「でも慣れてるから!」
その言葉に、
ミアは返す言葉を失った。
『慣れるものなのかな……』
リリがぽつりと呟く。
『慣れなきゃ生きていけないんだろ』
アルの声も重かった。
本来なら、子供が慣れるべきことではない。
妖精たちもそれを理解していた。
さらに村を歩く。
そこでミアは一軒の家の前で足を止めた。
玄関先には白い花が供えられている。
「お墓……ですか?」
村長は静かに頷いた。
「先月亡くなった老人です」
ミアは息を呑む。
「病気ですか?」
「寒さです」
短い返事だった。
だが、その重みはあまりにも大きかった。
「今年は薪が足りませんでした」
「家を十分に暖められなかったのです」
ミアは言葉を失う。
寒さで人が死ぬ。
頭では理解していた。
だが、実際にその現実を突き付けられるとまるで違う。
胸が苦しかった。
『……』
リリも黙り込む。
『そんなことで死ぬなんて』
アルも拳を握り締めていた。
火の妖精である彼には理解し難い現実だった。
エルンストも無言だった。
その表情は厳しい。
おそらく何度も見てきた光景なのだろう。
それでも慣れることはない。
やがて村の外れへ辿り着く。
夕暮れだった。
赤い空の下、
子供たちが家路についていく。
煙突からは細い煙が上がっていた。
だが、
すべての家から煙が出ているわけではない。
「燃料が足りないんです」
村長が呟く。
「皆が皆、十分な薪を買えるわけではありません」
ミアは唇を噛んだ。
何かできないだろうか。
何か方法はないのだろうか。
そんなことばかり考えてしまう。
その時。
隣にいたエルンストが口を開いた。
「村長」
「はい」
「不足している燃料の量を後で報告してくれ」
村長は目を見開く。
「陛下……」
「できる限り支援を回す」
短い言葉だった。
だが、その瞬間。
近くにいた村人たちがざわめいた。
「へ、陛下?」
「今、陛下って……」
「まさか皇帝陛下なのか?」
薪を運んでいた男が目を丸くする。
子供たちも足を止めた。
村長は慌てて頭を下げる。
「皆の者! こちらにおられるのはヴァイスラント帝国皇帝エルンスト陛下だ!」
一瞬。
村全体が静まり返った。
そして次の瞬間。
「こ、皇帝陛下!?」
「本当に!?」
「なぜこんな村に……!」
驚きの声があちこちから上がる。
老人は杖を落としそうになり、
子供たちは目を輝かせた。
慌ててひざまずこうとする者までいる。
だがエルンストは軽く手を上げた。
「構わない」
「今日は視察だ」
「普段通りにしてくれ」
その言葉に村人たちは顔を見合わせる。
皇帝が自分たちのような辺境の小村を訪れた。
それだけでも信じられないことだった。
「本当に支援してくださるのですか……?」
一人の老婆が震える声で尋ねる。
エルンストは静かに頷いた。
「ああ」
「帝国の民を寒さで死なせるつもりはない」
その言葉に、
村人たちの目に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます……!」
「陛下……!」
感謝の声が広がる。
ミアはその光景を見つめた。
彼らがどれほど苦しい生活を送ってきたのか。
そして、
皇帝の言葉がどれほど大きな希望になるのか。
改めて実感する。
『エルンスト、格好いいな』
アルがぽつりと言う。
『うん』
リリも頷いた。
『だから皆、陛下のことが好きなんだね』
ミアは小さく微笑んだ。
冷たい風が吹く。
遠くには雪を頂いた山々。
厳しい自然。
厳しい暮らし。
そして、その中で懸命に生きる人々。
ミアは静かに拳を握った。
いつか。
必ず。
この寒さから人々を守れる方法を見つけたい。
そう強く心に誓うのだった。




