第44話 婚約報告
昔話に花が咲き、応接室は和やかな空気に包まれていた。
魔王討伐の旅。
仲間たちとの思い出。
歴史書では決して知ることのできない話ばかりだった。
ミアは気付けば時間を忘れて聞き入っていた。
だが。
今日ここへ来た本来の目的は別にある。
エルンストが静かに姿勢を正した。
その変化に気付いたミュゲも微笑みを収める。
自然と場の空気が改まった。
「ミュゲ様」
エルンストが口を開く。
「本日はご報告のために参りました」
ミュゲは静かに頷いた。
「ええ。伺っています」
その優しい視線がミアへ向けられる。
ミアは思わず背筋を伸ばした。
少し緊張する。
だが逃げるわけにはいかない。
未来の皇妃として。
しっかりと伝えなければならない。
エルンストはミアを一瞥すると、改めてミュゲへ向き直った。
「先日、白竜皇陛下による選定の儀が執り行われました」
「その結果、ミア・ランベルトは正式な皇妃候補として認められました」
ミュゲは穏やかに耳を傾けている。
「そして――」
エルンストは静かに告げた。
「私とミアの婚約が正式に成立いたしました」
一瞬、部屋が静まり返る。
ミアは緊張しながら頭を下げた。
「ご報告が遅くなり申し訳ありません」
「まだまだ未熟ですが、精一杯努めてまいります」
すると。
ミュゲはふっと微笑んだ。
とても優しい笑顔だった。
「おめでとうございます」
その一言には、不思議な温かさがあった。
ミアの胸がじんわりと熱くなる。
「ありがとうございます」
自然と言葉がこぼれた。
ミュゲは二人を見つめる。
まるで孫を見る祖母のように。
どこまでも優しい眼差しだった。
「本当に良かったですね」
その言葉はエルンストにも向けられていた。
エルンストは少しだけ目を伏せる。
「ありがとうございます」
短い返事だった。
だが、どこか照れくさそうにも見えた。
『おお……』
リリが小声を漏らす。
『照れてる』
『照れてるな』
アルも頷いた。
ミアは思わず笑いそうになる。
もちろん口には出さない。
ミュゲも気付いたのだろう。
小さく微笑んだ。
「エルンスト陛下」
「はい」
「あなたは昔から真面目な方でした」
エルンストは黙って聞いている。
「責任感が強く、誰よりも国を大切にしている」
「ですが――」
ミュゲは少しだけ表情を和らげた。
「これからは一人で背負わなくても良いのですよ」
その言葉に。
エルンストは僅かに目を見開いた。
ミュゲはミアを見る。
「良い方と出会えましたね」
ミアは驚く。
自分がそんな風に言われるとは思っていなかった。
「私なんて……」
思わずそう言いかける。
だが。
ミュゲは首を横に振った。
「いいえ」
穏やかな声だった。
「あなたには人を思いやる心があります」
「それは何より尊いものです」
白竜皇オルドも同じことを言っていた。
慈悲の心。
他者を思いやる心。
それを認められたからこそ、自分はここにいる。
ミアは胸の前で手を握った。
「ありがとうございます」
ミュゲは優しく頷く。
そして。
二人を交互に見つめた。
「どうか幸せになってください」
それは。
大聖女としての言葉ではなかった。
世界を救った英雄としてでもない。
一人の人生の先輩として。
心からの祝福だった。
ミアの胸が温かくなる。
隣を見る。
エルンストも静かにミュゲを見つめていた。
窓の外では春の風が木々を揺らしている。
穏やかな午後だった。
こうして二人は、伝説の大聖女へ婚約を報告した。
そしてその祝福は、何よりも温かく優しいものだったのである。




