表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
46/95

第43話 英雄たち

 応接室には和やかな空気が流れていた。


 先ほどまで伝説の英雄だと思っていたクロエが、実は身近な変人の延長線上にいることを知ったミアは、何とも言えない気持ちになっていた。


 尊敬はしている。


 だが。


 少しだけ親近感も湧いている。


「信じられません……」


 ミアはぽつりと呟いた。


「クロエ様が魔王討伐隊だったなんて」


「何じゃその反応は」


 クロエが不満そうな顔をする。


「いや、だって……」


「今でも十分すごい人じゃろう?」


「それはそうですが……」


 ミアは言葉に詰まった。


 研究室で魔導書に埋もれている姿が、どうしても先に浮かんでしまう。


 その様子を見ていたミュゲが小さく笑った。


「昔も似たようなものでしたよ」


「おい」


 クロエが嫌そうな顔をする。


「旅の最中も、魔導書ばかり読んでいました」


「必要じゃったからじゃ」


「野営中も?」


「必要じゃった」


「移動中も?」


「必要じゃった」


「食事中も?」


「必要じゃった」


 即答だった。


 ミアは思わず吹き出した。


『今と同じだ』


『全然変わってないな』


 アルとリリも呆れたように頷く。


「一度なんて」


 ミュゲは懐かしそうに続けた。


「魔導書を読みながら歩いていて、崖から落ちかけましたよね」


「やめろ」


「本当ですか?」


 ミアが目を丸くする。


「本当です」


 ミュゲは笑った。


「崖際で足を踏み外して、そのまま落ちそうになったんです」


「サンセリテさんが『クロエ様!?』って慌てて飛び出して」


「風魔法で受け止められたんじゃ……」


 クロエが顔をしかめる。


「あと少し遅れていたら大怪我でした」


「……若気の至りじゃ」


「三十五歳でしたよね?」


「やめろ」


 部屋に笑いが広がる。


 ミアは驚いていた。


 歴史書に載る英雄たちにも、そんな失敗があるのか。


「サンセリテ様はどんな方だったんですか?」


 ミアが興味津々で尋ねる。


 その名は歴史書にもよく記されている。


 魔王討伐隊の大魔法使い。


 数々の戦場で伝説を残した人物だ。


「サンセリテですか」


 ミュゲは少し考え、ふっと微笑んだ。


「とても優しい人でした」


「優しい?」


「はい。誰よりも気配りができる人でしたね」


 クロエも頷く。


「世話焼きじゃったな」


「旅の準備も、野営の段取りも、だいたいサンセリテさんがやっていました」


「魔法使いなのにですか?」


「魔法使いだからじゃない」


 クロエが肩をすくめる。


「サンセリテだからじゃ」


 妙に説得力があった。


「アーサー様は?」


「真面目でしたね」


 ミュゲが即答する。


「本当に真面目でした」


「融通が利かんほどにな」


 クロエが苦笑する。


「規律、礼節、鍛錬」


「毎日欠かさずでした」


「朝は誰よりも早く起きて素振りをしておった」


「雨の日も?」


「しておった」


「嵐の日も?」


「しておった」


「馬鹿じゃったな」


「努力家だったんですよ」


 ミュゲが優しく訂正する。


「それに」


 クロエが思い出したように続ける。


「困った人を見過ごせん男じゃった」


「そうでしたね」


 ミュゲも懐かしそうに頷いた。


「ある町で、荷車がぬかるみに嵌まっていたことがあったんです」


「魔王軍の動きを追って急いでおった時じゃな」


「普通なら通り過ぎてもおかしくなかったんですが」


「アーサーは真っ先に荷車を押しに行った」


「しかも一台だけじゃありませんでした」


 ミュゲが苦笑する。


「気づけば周囲の荷運びまで手伝っていて」


「出発が半日遅れた」


「クロエ様、すごく怒ってましたよね」


「当然じゃ」


 クロエが即答する。


「じゃが」


 少しだけ表情を和らげた。


「助けられた者たちは皆喜んでおった」


「アーサー様らしいですね」


 ミアが思わず呟く。


「らしかったですよ」


 ミュゲは優しく笑った。


「困っている人を見ると放っておけないんです」


「聖騎士というより、お人好しじゃったな」


 クロエの言葉に、部屋に小さな笑いが広がった。


 ミアは思わず笑った。


「アデラーン様は?」


 その名を出した瞬間。


 少しだけ空気が変わった。


 暗黒騎士アデラーン。


 歴史上でも特に謎の多い人物だ。


 ミュゲとクロエは顔を見合わせる。


 そして。


 二人同時にため息をついた。


「面倒な男じゃった」


「面倒な人でしたね」


 完全に意見が一致していた。


「ええっ?」


 ミアが驚く。


「もっとこう……怖い人とか」


「怖かったですよ」


 ミュゲは頷く。


「強かったですし」


「無愛想じゃったし」


「口数も少なかったです」


「じゃが」


 クロエが少し笑う。


「妙なところで律儀だった」


「そうですね」


 ミュゲも笑った。


「頼まれたことは絶対に忘れませんでした」


「一度、村の子供に木剣を直してくれと頼まれてな」


「魔王討伐の途中だったのに」


「翌日には直して渡しておった」


「覚えてたんですか?」


「覚えていました」


「そういう人でした」


 ミアは少し意外に思った。


 歴史書では分からない話だった。


「皆さん仲が良かったんですね」


 その言葉に。


 ミュゲは少しだけ考える。


「仲が良かったというより」


「家族みたいなものだったかもしれません」


 クロエも静かに頷いた。


「長い旅じゃったからな」


「喧嘩もしました」


「何度もな」


「でも」


 ミュゲが微笑む。


「皆がいたから最後まで戦えました」


 部屋が静かになる。


「魔王を倒せたのは」


「私たちが特別だったからではありません」


「支え合えたからです」


 その言葉には重みがあった。


 三十年前。


 世界を救った英雄たち。


 だが彼女たちは最初から英雄だったわけではない。


 互いを支えながら歩んできた仲間だったのだ。


 ミアはその姿を思い浮かべる。


 大聖女ミュゲ。


 学者クロエ。


 魔法使いサンセリテ。


 聖騎士アーサー。


 暗黒騎士アデラーン。


 歴史に名を残した五人。


 けれど今聞こえてくるのは。


 伝説ではなく。


 仲間との思い出話だった。


 そして。


 だからこそ。


 ミアは少しだけ安心した。


 英雄も最初から英雄だったわけではない。


 一歩ずつ歩いてきたのだ。


 ならば自分も。


 いつか。


 誰かの役に立てる人間になれるかもしれない。


 そんなことを思いながら、ミアは静かに紅茶へ口をつけるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ