第42話 再会
応接室には穏やかな空気が流れていた。
窓から差し込む陽光。
香り高い紅茶。
世界中の人々から敬われる大聖女との対面だというのに、不思議と肩の力が抜けていく。
それはきっと。
ミュゲの人柄によるものだった。
「ルミエールへ来るのは初めてですか?」
ミュゲが尋ねる。
「私は初めてです」
ミアが答えると、ミュゲは微笑んだ。
「良い街でしょう?」
「はい」
ミアは頷く。
「巡礼者の方々も楽しそうでした」
「皆さんのおかげで、この街は支えられているのですよ」
優しい口調だった。
その姿は英雄というより、一人の穏やかな女性に見える。
その時だった。
「しかし、本当に懐かしいのう」
クロエが紅茶のカップを置いた。
いつも研究室で魔導書を読みふけっているクロエである。
「まさかまたここへ来るとは思わなんだ」
「私もですよ」
ミュゲが微笑む。
「最後に会ったのは魔王討伐の後でしたか」
「そうじゃな」
クロエが頷く。
「もう三十年になる」
ミアは思わず顔を上げた。
魔王討伐。
先ほどから何気なく出てくる言葉だが。
よく考えればおかしい。
まるで自分がそこにいたかのような話し方だ。
「その……」
ミアはおそるおそる口を開く。
「クロエ様は魔王討伐をご存じなのですか?」
部屋が静かになった。
クロエがきょとんとする。
ミュゲも目を瞬かせた。
「ん?」
「ご存じも何も……」
クロエは首を傾げる。
「わしもおったぞ?」
ミアは固まった。
「……え?」
「だから」
クロエは当然のように言う。
「魔王討伐隊の一員じゃ」
沈黙。
数秒。
ミアの思考が停止する。
『えっ』
リリが固まる。
『えっ』
アルも固まる。
「えええええええっ!?」
ミアは思わず立ち上がった。
椅子が大きな音を立てる。
クロエは目を丸くした。
「なんじゃ」
「聞いておらんかったのか?」
「聞いてません!」
即答だった。
ミュゲが思わず吹き出す。
クロエは困ったような顔になる。
「そうじゃったか?」
「そうですよ!」
ミアは驚きを隠せない。
魔王討伐隊。
それは歴史に名を刻む英雄たち。
世界を救った伝説の一団だ。
その一員が目の前にいる。
しかも。
いつも研究室で魔導書を読みふけり、気付けば朝になっているようなクロエである。
『嘘だろ』
『嘘じゃないみたい』
妖精たちも衝撃を受けていた。
「クロエさんは凄かったんですよ」
ミュゲが懐かしそうに言う。
「私たちの中でも頭脳役でした」
「魔法の研究も戦術の立案も、全部クロエさんが担っていたんです」
「大袈裟じゃ」
「事実です」
即答だった。
ミュゲは少しだけ遠くを見る。
「魔王軍の動きを分析して対策を考えたのもクロエさんでした」
「未知の魔法や魔道具を解明してくれたのも」
「魔王城攻略のための作戦を組み立てたのも」
「全部、クロエさんです」
クロエは露骨に嫌そうな顔をした。
「やめろ」
「褒めても何も出ませんよ」
「恥ずかしいんじゃ」
ミュゲはくすくす笑う。
「戦いそのものは皆が強かったですけどね」
「私たちが迷わず進めたのは、クロエさんがいたからです」
ミアは呆然としていた。
今まで見てきたクロエの姿が頭をよぎる。
研究室に籠もり。
魔導書を山のように積み上げ。
寝る間も惜しんで知識を追い求める学者。
そんな人物が。
魔王討伐隊の頭脳だった。
「信じられません……」
「わしも信じとらん」
クロエが真顔で言った。
「気付いたら三十年経っとった」
その言葉に部屋が笑いに包まれる。
ミアもつられて笑った。
だが胸の中には新たな尊敬が芽生えていた。
大聖女ミュゲ。
そして宮廷魔法使いクロエ。
二人は歴史書の中の英雄ではない。
今も生きている。
笑い、語り、紅茶を飲む人々なのだ。
その事実が、ミアには少し不思議で。
そして、とても嬉しく感じられた。




