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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第35話 祝福

 白竜皇オルドによる正式な承認。


 そして――


 皇帝エルンストとミアの婚約成立。


 その知らせは、瞬く間に帝都シュヴァルツブルク中へと広がった。


 いや、帝都だけではない。


 街道を行き交う商人たち。


 各地の領主たち。


 冒険者ギルド。


 教会。


 その吉報は、帝国全土へと伝わっていった。


 それは、多くの人々が長らく待ち望んでいた知らせだった。


 ミアがそのことを実感したのは、数日後のことである。


 皇妃教育を終え、侍女とともに皇宮の中庭を歩いていた時だった。


 開け放たれた窓の向こうから、人々の話し声が聞こえてくる。


「聞いたか?」


「陛下の婚約者が決まったらしいぞ!」


「本当だったんだな!」


 どの声も楽しげだった。


 ミアは思わず足を止める。


『人気者だな』


 アルが腕を組む。


『すごいね!』


 リリも嬉しそうにくるくると回った。


 隣を歩いていた侍女が苦笑する。


「最近はどこへ行っても、この話題ばかりですよ」


「そうなんですか?」


「はい」


 侍女は嬉しそうに頷いた。


「皆様、とても喜んでおられます」


 ミアは少し驚いた。


 自分はまだ何もしていない。


 皇妃になったわけでもない。


 それなのに、人々はこうして祝福してくれている。


『ミアが頑張ったからだろ』


『そうだよ!』


 リリが言う。


『白竜皇様だって認めてくれたんだから!』


 ミアは小さく微笑んだ。


 その日の午後。


 市場視察のため馬車で街へ出た時も同じだった。


「ミア様ってどんな方なんだろうね」


「白竜皇陛下に認められたんでしょう?」


「きっと素敵な方よ」


 女性たちが楽しそうに語り合っている。


「陛下もようやくご結婚なさるのねぇ」


「本当に良かったわ」


「五年も独身でいらしたものね」


 あちこちから笑い声が響く。


 そこに不満や反発はない。


 あるのは期待と祝福だけだった。


『悪くないな』


 アルが言った。


『うん!』


『みんな嬉しそう!』


 リリも笑う。


 ミアは馬車の窓から外を見つめた。


 誰も自分の正体には気付いていない。


 けれど、皆が幸せそうだった。


 その日の夕方。


 皇宮へ戻ると、クロエが待ち構えていた。


「ミアよ!」


「は、はい!」


「どうじゃ!」


「どう、と言いますと……?」


 ミアが首を傾げると、クロエは豪快に笑った。


「人気者になった気分は!」


「人気者ではありません!」


「なっとるわ!」


 クロエは机を叩いた。


「帝都中がお主の話で持ちきりじゃぞ!」


『それは本当』


『本当だな』


 妖精たちまで頷いている。


「そんな……」


「そんな、ではない!」


 クロエは実に楽しそうだった。


「皆、安心したんじゃ」


「安心……ですか?」


「うむ」


 クロエは大きく頷く。


「エルンストが一生独身だったらどうしよう、とな」


「クロエ様」


 背後から冷ややかな声がした。


 エルンストだった。


 だが、クロエはまったく動じない。


「事実じゃろう?」


「否定はしません」


 エルンストは小さくため息をついた。


『否定しないんだ』


『しないんだな』


 アルとリリが同時に呟く。


 そのやり取りがおかしくて、ミアは思わず笑ってしまった。


 すると、執務机で書類を読んでいたクラウスが顔を上げた。


「ですが、本当に喜ばしいことです」


 穏やかな笑顔だった。


「兄として安心しました」


 ミアは目を瞬かせる。


 クラウスは苦笑した。


「エルンストは昔から、自分のことを後回しにする性格でしたから」


「仕事ばかりで、自分の幸せにはあまり興味がないのではないかと心配していたのです」


「兄上……」


 エルンストがわずかに眉をひそめる。


 だが、クラウスは気にした様子もない。


「これまでの候補者は皆、白竜皇陛下の選定で退けられてきました」


「ですから、帝国の人々にとっても今回のことは特別なのです」


 穏やかな声でそう続ける。


「ですが、私にとってはそれ以上に弟の幸せが嬉しい」


 ミアは少し驚いた。


 そこにあったのは皇族としての言葉ではなく、一人の兄としての想いだった。


 エルンストは少し居心地が悪そうだったが、否定はしなかった。


 ミアは静かに黙り込む。


 改めて、その重みを感じていた。


 自分はただ一人の女性として選ばれたわけではない。


 帝国の未来を担う皇妃候補として認められたのだ。


 責任は重い。


 けれど、それ以上に嬉しかった。


 故郷では必要とされなかった。


 家族にも見捨てられた。


 婚約者にも捨てられた。


 それなのに――


 今は違う。


 期待してくれる人がいる。


 祝福してくれる人がいる。


 必要としてくれる人がいる。


 ミアは窓の外へ視線を向けた。


 雪が静かに降っている。


 その向こうには帝都の灯りが広がっていた。


 温かく、優しい光だった。


『なあ、ミア』


 アルが静かに言った。


『ん?』


『良かったな』


 短い言葉だった。


 だが、その一言にたくさんの想いが込められていた。


 幼い頃からずっと見てきた。


 傷つくミアも。


 泣くミアも。


 誰にも信じてもらえなかったミアも。


『うん!』


 リリも満面の笑みで頷く。


『本当に良かった!』


 ミアは小さく微笑んだ。


「ありがとう」


 誰にも聞こえないほど小さな声だった。


 けれど、二人にはちゃんと届いていた。


 まだ始まったばかりだ。


 けれど、この国でなら。


 この人たちとなら。


 きっと前を向いて歩いていける。


 そんな確かな予感がしたのである。

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