第34話 婚約
聖山ヴェルグランからの帰路。
ミアの胸は、不思議な高揚感で満たされていた。
白竜皇オルドに認められた。
白竜皇妃エイルとも出会えた。
まだ夢を見ているような気分だった。
『やったな!』
アルが腕を組む。
『だから言っただろ』
『ミアなら大丈夫だって!』
リリも嬉しそうに飛び回る。
ミアは苦笑した。
だが――。
現実は待ってくれない。
数日後。
ミアとエルンストは帝都シュヴァルツブルクへ帰還した。
そして、その日の夕刻。
皇宮の大会議室には、皇族と重臣たちが集められていた。
ミアもエルンストの隣に座っている。
何が始まるのだろう。
そう思った時だった。
侍従長が前へ進み出る。
手には一通の封書。
封蝋には白竜の紋章が刻まれていた。
室内の空気が張り詰める。
『来た』
『来たな』
妖精たちも珍しく真面目だった。
そして侍従長が読み上げる。
「白竜皇オルド様より通達」
静寂が落ちる。
「ミア・ランベルトを正式な皇妃候補として認める」
その瞬間。
会議室にどよめきが走った。
「おお……!」
「本当に認められたのか!」
「正式承認だと……!」
『やったぁぁぁぁ!』
リリが飛び上がる。
『認められたぞ!』
『当然だ』
アルも満足そうに頷いた。
だが、通達はまだ終わらない。
「これにより、エルンスト・ヴァイスラントとミア・ランベルトの婚約を正式に認める」
拍手が広がる。
やがて大きな歓声へと変わった。
その中で――。
「おおおおおおっ!」
誰よりも大きな声を上げた人物がいた。
クロエだった。
「やったのう!」
「やりおった!」
「ほれ見ろ! わしの目に狂いはなかった!」
机を叩きながら大騒ぎしている。
『負けてないな』
『負けてないね』
妖精たちが感心していた。
「祝いじゃ!」
「今日は宴じゃ!」
「酒を持て!」
「クロエ様」
エルンストが冷静に言う。
「まだ会議中です」
「細かいことを気にするな」
「気にしてください」
即座に返される。
会議室に笑いが広がった。
そんな中。
クラウスが立ち上がる。
「おめでとうございます」
穏やかな笑顔だった。
「ミア嬢」
「ありがとうございます」
ミアは頭を下げる。
「白竜皇陛下に認められたのです」
「どうか誇ってください」
その言葉には嫉妬も皮肉もなかった。
本心からの祝福だった。
だが――。
「浮かれるのはまだ早いわ」
冷たい声が響く。
『来た』
『来たな』
『怖い人だ』
『怖い人だな』
妖精たちが小声で囁く。
クラリッサだった。
会議室の空気が一変する。
「あなたはまだ何一つ成し遂げていない」
「ようやく資格を得ただけです」
鋭い視線がミアへ向けられる。
ミアは息を呑んだ。
「皇妃とは国母です」
「皇帝の隣で微笑んでいるだけでは務まりません」
静かな声。
だが、その重みは誰の胸にも響いた。
「国を支え」
「民を導き」
「時には皇帝の過ちすら正さなければならない」
その言葉一つひとつが胸に突き刺さる。
「その覚悟はありますか?」
ミアは拳を握り締めた。
『ミア』
リリが不安そうに見上げる。
『大丈夫か』
アルも珍しく静かだった。
ミアは小さく息を吸う。
そして顔を上げた。
「あります」
会議室が静まり返る。
「それでも私は逃げません」
強い声だった。
クラリッサはミアを見つめる。
まるで値踏みするように。
長い沈黙。
やがて――。
「ならば証明しなさい」
冷然と言い放った。
「言葉ではなく行動で」
「皇妃に相応しいと認められたいのなら」
「誰よりも努力しなさい」
「誰よりも学びなさい」
「誰よりも責任を背負いなさい」
厳しい言葉だった。
だが、ミアは俯かない。
「ご指導をお願いいたします」
深く頭を下げる。
クラリッサはわずかに目を細めた。
「当然です」
即答だった。
「私は甘やかすつもりはありません」
「はい」
ミアは力強く答える。
その返事を聞いて。
クラリッサは静かに頷いた。
その様子を見ていたクラウスが苦笑する。
「申し訳ありません」
「母上は昔から厳しいのです」
「いいえ」
ミアは首を横に振った。
「必要な言葉でした」
それは本心だった。
クラリッサ自身もまた、かつて白竜皇の選定を受けた女性。
誰よりもその重みを知っている。
だからこそ厳しいのだ。
『頑張れ』
アルが言った。
『頑張れ!』
リリも笑う。
ミアは小さく微笑んだ。
婚約は成立した。
だが、本当の意味で認められるのはこれからだ。
皇妃への道は、まだ始まったばかりなのである。




