第29話 白竜皇オルド
重厚な扉が、ゆっくりと閉じられる。
ごうん、と鈍い音が謁見の間に響き渡った。
その瞬間。
ミアは、自分が本当に一人になったのだと悟る。
広大だった。
とにかく、どこまでも広い。
白亜の石で築かれた巨大な空間。
天井は遥か頭上にあり、その高さは見上げても果てが見えない。
等間隔に並ぶ無数の柱が、静かに空間を支えている。
華美な装飾はほとんどない。
それなのに、神殿にも似た荘厳さが漂っていた。
静寂が支配している。
聞こえるのは、自分の足音だけ。
こつ。
こつ。
こつ。
ミアは緊張を押し殺しながら、一歩ずつ前へ進む。
そして――。
謁見の間の最奥。
玉座に座る人物の姿を目にした。
「――――」
思わず息を呑む。
白銀の髪。
黄金の瞳。
端正な顔立ち。
見た目は二十歳ほどの青年だった。
白い衣を纏い、静かにこちらを見つめている。
驚くほど穏やかな雰囲気をまとっていた。
恐ろしい怪物でもない。
巨大な竜でもない。
むしろ優しげですらある。
だが――。
次の瞬間だった。
ずしり、と。
世界そのものが重くなったかのような感覚が襲う。
「っ……!」
足が止まる。
呼吸が浅くなる。
身体が震える。
本能が理解していた。
目の前にいる存在は、人ではない。
竜ですらない。
もっと巨大で。
もっと古く。
もっと高位の存在。
まるで山そのものが意思を持ち、そこに座しているかのようだった。
圧倒的な存在感。
ただそこにいるだけで、世界の理を体現しているような威圧感がある。
「よく来た」
穏やかな声が響く。
それだけで空気が微かに震えた。
ミアは慌てて頭を下げる。
「み、ミア・ランベルトです」
声が震える。
情けないほどに。
すると青年は小さく微笑んだ。
「そう緊張しなくてよい」
優しい声だった。
だが。
だからこそ恐ろしい。
絶大な力を持つ者が穏やかに微笑んでいる。
それがどれほど特別なことなのか、本能が理解してしまう。
「顔を上げなさい」
ミアはゆっくりと顔を上げた。
黄金の瞳と視線が交わる。
その瞬間――。
世界が反転した。
「え――」
気付けば。
ミアは別の場所に立っていた。
ランベルト伯爵家の庭園。
幼い頃の記憶。
一面の花畑。
飛び回る妖精たち。
『見えてるの!?』
幼いリリの声。
『変な人間だな』
幼いアルの声。
懐かしい光景だった。
「どうして……」
思わず呟く。
すると景色が変わる。
父。
母。
家庭教師。
『そんなものはいない』
『空想ばかり言わないの』
誰も信じてくれなかった。
誰も理解してくれなかった。
孤独だった。
胸が痛む。
さらに景色が移り変わる。
炎。
悲鳴。
幼いエミリー。
咄嗟に庇ったあの日。
「危ない!」
熱。
激痛。
焼け付くような苦しみ。
顔に残った傷跡。
鏡を見るたびに涙を流した日々。
また景色が変わる。
『婚約を破棄する』
ヘンリーの声。
王。
王妃。
父。
母。
エミリー。
誰一人として味方になってくれなかった日。
胸の奥が締め付けられる。
『どうせ私なんて』
何度も。
何度も。
そう思った。
期待すれば傷付く。
信じれば裏切られる。
だから諦めた。
そうやって生きてきた。
気付けば涙が頬を伝っていた。
「やめて……」
見たくない。
思い出したくない。
忘れてしまいたい。
そう願った。
だが。
穏やかな声が響く。
「辛かったな」
たった一言。
責めるでもなく。
哀れむでもなく。
ただ静かに受け止める声だった。
気付けば景色は消えていた。
再び謁見の間。
ミアはその場に立ち尽くしていた。
目の前には白竜皇オルド。
黄金の瞳が静かにこちらを見つめている。
「な……」
声にならない。
オルドは全て見たのだ。
幼少期の孤独も。
火傷の痛みも。
婚約破棄の日も。
心に刻まれた傷も。
隠し続けてきた弱さも。
何もかも。
何一つ隠せていない。
ミアの身体が震える。
怖かった。
見透かされることが。
拒絶されることが。
そして――。
オルドは静かに口を開いた。
「なるほど」
穏やかな声だった。
黄金の瞳が真っ直ぐミアを見つめる。
「お前は随分と、自分を過小評価しているようだな」
ミアは目を見開いた。
それは――。
誰よりも痛いところを突く言葉だった。




