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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第26話 前夜

 選定を翌日に控えた夜。


 ミアは眠れずにいた。


 寝台に入ってから、すでに何時間も経っている。


 それなのに、眠気は一向に訪れなかった。


 窓の外では雪が静かに降り続いている。


 音ひとつない夜だった。


 だからこそ、余計なことばかり考えてしまう。


 白竜皇。


 選定。


 歴代の皇妃候補たち。


 門前払い。


 失神。


 不合格。


 頭の中を巡るのは、不安を煽る言葉ばかりだった。


「無理かもしれない……」


 ぽつりと漏らした呟きに、


『また始まった』


 リリが呆れたようにため息をつく。


『始まったな』


 アルも肩をすくめた。


 ミアは毛布を頭まで引き上げる。


「だって仕方ないじゃない」


『仕方なくない』


『まだ何も始まってないだろ』


 アルの言葉はもっともだった。


 だが、不安なものは不安なのだ。


 ミアは毛布から顔だけを出した。


「だって、みんなすごい人だったんでしょう?」


『そうかもしれないな』


「私はただの伯爵令嬢だし……」


『またそれか』


 アルが眉をひそめる。


『お前、自分を過小評価しすぎなんだよ』


『そうだよ!』


 リリも勢いよく頷いた。


『ミアは優しいし!』


『頑張り屋だし!』


『料理も上手だし!』


『字も綺麗だし!』


『本もたくさん読むし!』


 次々と褒め言葉を並べられ、ミアは少し照れる。


「ありがとう」


『でも竜皇がどう思うかは知らん』


『台無しだよ!?』


 リリが悲鳴のような声を上げた。


 アルは悪びれる様子もない。


 そんなやり取りをしているうちに、張り詰めていた肩の力が少しだけ抜けていった。


 その時だった。


 部屋の扉が控えめに叩かれる。


 こんな時間に誰だろう。


 不思議に思いながら、ミアは立ち上がった。


「はい」


 扉を開ける。


 そして目を丸くした。


「陛下?」


 そこに立っていたのはエルンストだった。


 ミアは慌てて姿勢を正す。


「申し訳ありません!」


「なぜ謝る」


「え?」


「起こしたのは私だ」


 相変わらずの返答だった。


 ミアは思わず苦笑する。


 エルンストは部屋の中を見渡した。


「眠れないのか」


 図星だった。


 ミアは観念して頷く。


「少しだけ……」


「少しには見えない」


 珍しく鋭い指摘に、ミアは言葉を失った。


 エルンストは小さく息を吐く。


「やはりな」


 予想していたらしい。


 しばし沈黙が流れた。


 エルンストは何か励ましの言葉を探しているようだったが、なかなか口にできない。


 しばらく考え込んだ末に、


「無理はしなくていい」


 そう言った。


 短い言葉だった。


 ありふれた言葉だった。


 けれど、その一言は不思議なほど素直に胸へ染み込んできた。


「竜皇陛下が認めなくても」


 エルンストは続ける。


「お前の価値は変わらない」


 ミアは目を見開いた。


 思いもしなかった言葉だった。


 選ばれるか。


 選ばれないか。


 そればかりを考えていた。


 だが、エルンストは違った。


 結果ではなく。


 ミア自身を見てくれていた。


「陛下……」


「だから」


 エルンストは静かに言う。


「気負う必要はない」


 ミアは俯いた。


 胸の奥がじんわりと熱くなる。


 不安が消えたわけではない。


 怖い。


 今でも怖い。


 それでも――


 ほんの少しだけ。


 頑張れる気がした。


「ありがとうございます」


 ミアは深く頭を下げる。


 エルンストは静かに頷いた。


「おやすみ」


「はい」


「おやすみなさい」


 エルンストは部屋を後にした。


 扉が閉まり、再び静寂が戻る。


『いい人だな』


 アルがぽつりと言った。


『うん』


 リリも嬉しそうに笑う。


 ミアは窓の外へ視線を向けた。


 雪はまだ降り続いていた。


 明日になれば――


 白竜皇オルドと対面する。


 怖い。


 不安だ。


 それでも。


 逃げたいとは思わなかった。


 ミアは再び寝台へ潜り込む。


 先ほどまでよりも、少しだけ心が軽くなっていた。


 そして――


 選定の日は静かに近づいていた。

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