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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第25話 選ばれなかった令嬢

 白竜皇についての話を聞いた翌日。


 ミアは図書室で帝国史の本を読んでいた。


 もちろん内容は、白竜皇についてである。


 だが――。


 読めば読むほど不安になった。


 建国の英雄。


 千五百年以上を生きる守護竜。


 歴代皇帝を選び続けてきた存在。


 そんな相手に、自分が会う。


 考えれば考えるほど、胃が痛くなる。


『顔色悪いぞ』


 アルが言った。


『真っ青だね』


 リリも心配そうに覗き込む。


「大丈夫……」


 そう答えたものの、まったく説得力はなかった。


 その時だった。


「まったく、大丈夫そうには見えんのう」


 聞き慣れた声がした。


 振り返る。


 クロエだった。


 最近、本当に出没率が高い。


「クロエ様……」


「ほれ」


 クロエは向かいの席へ腰を下ろし、温かな紅茶を差し出した。


「飲め」


「ありがとうございます」


 ミアは素直に受け取り、一口含む。


 身体の芯まで温かさが広がり、少しだけ気持ちが落ち着いた。


 クロエはそんな様子を見て苦笑する。


「選定のことを考えておるのじゃろう?」


「はい……」


 否定できなかった。


「そうじゃな。少し昔話でもするかの」


 ミアは嫌な予感がした。


「歴代の皇妃候補たちの話じゃ」


 予感は見事に当たる。


「聞かない方がいい気がするのですが……」


「安心せい」


 クロエは笑った。


「余計に不安になるだけじゃ」


 まったく安心できなかった。


 クロエは構わず話を続ける。


「歴代皇帝には婚約者がおった。当然、皇妃候補もおる」


「そして皆、白竜皇陛下の選定を受ける」


 そこまでは知っていた。


 問題は、その先だった。


「結果じゃが――」


 クロエは人差し指を立てた。


「ほとんど落ちる」


 ミアは固まった。


「……え?」


「落ちる」


「そんなにですか?」


「ああ」


 クロエはあっさり頷く。


「むしろ認められる方が珍しい」


 ミアの顔色がさらに悪くなる。


「ある侯爵令嬢は聖山へ着くなり震え始めた」


「別の公爵令嬢はアルカ=ヴェルへ入る前に泣き出した」


「伯爵令嬢など、白竜たちを見ただけで気絶したそうじゃ」


「気絶……」


「うむ。担がれて帰った」


『怖っ』


 リリが身震いする。


『帰ろうぜ』


 アルも真顔だった。


 ミアも心の底から同意した。


 できることなら、今すぐ帰りたい。


 その時だった。


 クロエが少しだけ真面目な表情になる。


「もっとも、本当に恐ろしいのはそこではない」


「え?」


「門前払いじゃ」


 ミアは首を傾げた。


「門前払い?」


「ああ」


 クロエは静かに頷く。


「白竜皇陛下にすら会えぬ」


 ミアは目を瞬いた。


「そんなことがあるんですか?」


「ある」


 即答だった。


「昔、公爵家の令嬢がおった」


「美しく、聡明で、魔法の才にも恵まれ、誰もが皇妃になると思っておった娘じゃ」


 クロエは静かに語る。


「その令嬢はアルカ=ヴェルの門まで辿り着いた」


「じゃが、そこで白竜の騎士に呼び止められた」


 図書室が静まり返る。


 クロエは低い声で告げた。


『白竜皇陛下の思し召しではございません』


 ミアの背筋に寒気が走る。


「それだけ……ですか?」


「ああ」


「理由もない」


「説明もない」


「ただ、それだけじゃ」


 クロエは肩を竦めた。


「令嬢は泣き崩れたそうじゃが、結果は変わらん」


 白竜皇の選定は絶対。


 会う価値なしと判断されれば、それで終わり。


 面会すら許されない。


「私、絶対無理なのでは……」


 思わず本音が漏れた。


 クロエは苦笑する。


「どうじゃろうな」


「慰めてください」


「無理じゃ」


 即答だった。


 ミアは机へ突っ伏す。


 リリが背中をぽんぽん叩く。


『元気出して』


『無理だろ』


 アルも珍しく否定しない。


 クロエはそんな三人を見ながら笑っていた。


 だが、その笑みを見た瞬間。


 ミアの胸に、一つの疑問が浮かんだ。


「……そうか」


「どうした?」


 クロエが尋ねる。


 ミアはゆっくり顔を上げた。


「だから……だったんですね」


「うん?」


「ヴァイスラント帝国には、たくさんの皇妃候補がいたのに、誰一人として白竜皇陛下に認められなかった」


「だから他国にも縁談を求めるようになって……」


「私のところへも話が来たんですね」


 クロエは静かに頷く。


「その通りじゃ」


 ミアは小さく息を吐いた。


 自分が特別だから選ばれたわけではない。


 国内で何年もの間、候補者が認められず、その結果として、自分にまで縁談が巡ってきた。


「つまり私は……順番が回ってきただけなんですね」


 そう呟くミアに、クロエは静かに首を横へ振る。


「違う」


 短い一言だった。


 ミアは顔を上げる。


「他国へ縁談を申し込むことはできる」


「じゃが、最終的に会うかどうかを決めるのは白竜皇陛下じゃ」


「門前払いされた令嬢も数多くおる」


「それでも、お主には会うことが許された」


 ミアは目を見開いた。


「それだけは忘れるでない」


 胸へそっと手を当てる。


 不安は消えない。


 それでも、ほんの少しだけ。


 心の奥に、小さな希望が灯った気がした。


 クロエは穏やかに微笑む。


「白竜皇陛下は美貌では選ばん」


「家柄でも選ばん」


「才能でも選ばん」


 ミアは昨日聞いた言葉を思い出す。


 ――魂を見る。


「お主は、お主のままで行けばよい」


 それだけだった。


 不器用な励ましだった。


 だが、その言葉は確かにミアの心を支えてくれた。


 ミアは窓の外へ目を向ける。


 白い雪が静かに降り続いている。


 選定の日は近い。


 期待と不安を胸に抱きながら、ミアは静かにその日を待つのだった。

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