第24話 白き守護竜
白竜皇からの召喚状が届いた翌日。
ミアは朝から落ち着かなかった。
何をしていても集中できない。
本を開いても内容が頭に入らない。
窓の外を見れば雪景色ばかりが目に入る。
『緊張してるな』
アルが言った。
『してるねぇ』
リリも頷く。
「だって……」
ミアは本を閉じた。
「白竜皇ですよ?」
皇帝ですら逆らえない存在。
建国以前から生き続ける守護者。
そんな話を聞かされているのだ。
緊張しない方がおかしい。
『まあ、確かに』
『怖そう』
妖精たちも珍しく真面目だった。
その時だった。
「お主、分かりやすいのう」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
クロエだった。
相変わらず勝手に図書室へ入ってくる。
「クロエ様」
「選定のことを考えておるのじゃろう?」
図星だった。
ミアは苦笑する。
「少しだけ……」
「嘘をつけ」
即座に否定された。
クロエは向かいの椅子に腰を下ろす。
「顔に書いてあるぞ」
ミアは思わず頬を押さえた。
そんなに分かりやすいのだろうか。
クロエは楽しそうに笑う。
「まあ安心せい」
「安心できる要素がありません」
「それもそうじゃな」
まったく慰めにならなかった。
ミアは思わずため息をつく。
クロエはしばらく笑っていたが、やがて真面目な表情になった。
「竜皇陛下のことを知りたいか?」
ミアは頷く。
「はい」
知らなすぎる。
帝国へ来るまで、その名すら聞いたことがなかったのだ。
クロエは窓の外の雪景色を見つめた。
「白竜皇陛下」
その呼び名には、自然と敬意が滲んでいた。
「帝国の守護者にして、建国以来ただ一柱の竜皇じゃ」
ミアは静かに耳を傾ける。
「今から千年以上前、この地は魔物との争いが絶えぬ荒野だった」
「そこへ現れたのが竜皇陛下じゃ」
「圧倒的な力で魔物を退け、人々に安住の地を与えた」
「そして初代皇帝と契りを交わし、共にヴァイスラント帝国の礎を築いたのじゃ」
ミアは少し意外そうな顔をした。
「初代皇帝と親しかったのですか?」
「ああ」
クロエは頷く。
「初代皇帝アルベルトは、竜皇陛下が特別に認めた人間だったと言われておる」
「竜皇陛下は滅多に人へ心を開かぬ」
「じゃが、アルベルトだけは違った」
「だからこそ帝国は千年続いたのじゃろうな」
まるで神話だった。
いや。
神話そのものなのかもしれない。
ミアは息を呑む。
「今も生きていらっしゃるのですか?」
「ああ」
クロエは当然のように答えた。
「千年以上な」
ミアは言葉を失った。
人間には到底理解できない時間だった。
「では歴代皇帝も……」
「全員、陛下の選定を受けておる」
クロエは頷く。
「先帝ヴィルヘルム四世も」
「クラウスも」
「そして現皇帝エルンスト陛下もな」
ミアは少し驚いた。
「クラウス殿下も?」
「ああ」
クロエは苦笑する。
「選定を受けた」
「だが選ばれたのはエルンスト陛下じゃ」
ミアは静かに考える。
誰もがクラウスを次代皇帝だと思っていた。
それでも竜皇陛下はエルンストを選んだ。
そこには何か理由があったのだろう。
「竜皇陛下は何を見ているのですか?」
ミアは尋ねた。
強さだろうか。
知性だろうか。
血筋だろうか。
だがクロエは首を振った。
「分からん」
「え?」
「誰にも分からん」
クロエは肩をすくめる。
「じゃが」
その表情が少しだけ柔らかくなった。
「竜皇陛下は心を見る」
ミアは息を呑んだ。
「心……」
「そうじゃ」
「権力でもない」
「財産でもない」
「家柄でもない」
クロエは静かに言う。
「その者がどう生きてきたか」
「何を想い」
「何を選ぶ人間なのか」
「それを見ておる」
ミアは無意識に胸元へ手を当てた。
心を見る。
そう言われると余計に不安になる。
取り繕うことができないからだ。
「怖いか?」
クロエが尋ねる。
ミアは少し考えた。
そして正直に答える。
「怖いです」
「そうじゃろうな」
クロエは笑う。
「皆そうじゃ」
だが、その後で続けた。
「じゃがの」
ミアは顔を上げる。
クロエは穏やかな目で言った。
「お主は案外、竜皇陛下に気に入られると思うぞ」
「私がですか?」
「うむ」
クロエは頷く。
「理由は教えん」
「意地悪ですね」
「年寄りの特権じゃ」
そう言って笑った。
ミアも思わず笑ってしまう。
少しだけ肩の力が抜けた。
選定は怖い。
今でも怖い。
だが。
逃げる理由にはならない。
ミアは窓の外を見る。
白い雪が静かに降っていた。
その向こう。
遥か北方のどこかで。
竜皇陛下が自分を待っている。
そんな気がしたのである。




