第23話 召喚状
数日後。
ミアは皇宮での生活にも少しずつ慣れ始めていた。
朝になれば侍女たちと挨拶を交わし、
昼には図書室で本を読む。
時折クロエに振り回され、
そして気が付けばエルンストのことを考えている。
そんな日々だった。
この日もミアは図書室を訪れていた。
窓の外では雪が降っている。
暖炉の火が心地良い。
静かな時間だった。
『平和だな』
アルが本棚の上に寝転がる。
『平和だねぇ』
リリも机の上でごろごろしている。
ミアは思わず笑った。
「二人とも、少しは静かにできないの?」
『無理』
『無理じゃな』
声が重なった。
その時だった。
図書室の扉が開く。
「ミア様」
侍女が姿を見せた。
その表情はどこか硬い。
「陛下がお呼びです」
ミアは首を傾げた。
「エルンスト陛下が?」
「はい」
それだけだった。
だが侍女の様子が気になる。
何かあったのだろうか。
ミアは本を閉じた。
「分かりました」
図書室を後にする。
向かった先は皇帝執務室だった。
扉の前へ到着した時点で、いつもと空気が違うことに気付く。
衛兵の数が多い。
そして妙に静かだ。
侍従が扉を開く。
「ミア・ランベルト様をお連れしました」
室内へ入った瞬間、
ミアは思わず足を止めた。
エルンスト。
クラウス。
クロエ。
そして数名の高官たち。
全員が揃っている。
しかも誰もが真剣な表情だった。
重苦しい空気が部屋を支配している。
「来たか」
エルンストが言う。
ミアは一礼した。
「何かあったのですか?」
するとクロエが机の上を指差した。
「これじゃ」
そこには一通の書簡が置かれていた。
白銀の封蝋。
翼を広げた白竜の紋章。
見たことのない印だった。
だが、
不思議な威圧感がある。
ただそこに置かれているだけなのに、視線を逸らせなくなる。
「その紋章は……?」
ミアが尋ねる。
クラウスが答えた。
「白竜皇の紋章です」
その名には聞き覚えがあった。
図書室で読んだ帝国史の文献や、街で耳にした噂話の中に何度か登場していたからだ。
だが、伝説めいた存在として語られており、実在しているとは思っていなかった。
「白竜皇……?」
ミアは戸惑いながら呟く。
するとクロエが少し驚いたような顔をした。
「知っておったか」
「名前だけです。文献や噂で見聞きしたことがある程度で……」
「なるほどの」
クロエは頷いた。
「有名な方なのですか?」
その瞬間、
部屋の空気が微かに変わった。
高官たちが顔を見合わせる。
クラウスが苦笑した。
「有名というより……」
「別格ですね」
ミアはますます困惑した。
クロエが椅子へ深く腰掛ける。
「白竜皇オルド」
その名を口にした瞬間、
部屋が静まり返った。
「ヴァイスラント帝国建国以前から生きる守護者じゃ」
ミアは目を見開く。
文献に記されていた伝承が脳裏をよぎる。
「建国以前……?」
「そうじゃ」
クロエは頷く。
「歴代皇帝を選び続けてきた存在」
「帝国そのものの守護者」
ミアは思わずエルンストを見る。
「では……」
「ああ」
エルンストが頷いた。
「私を皇帝に選んだのも竜皇陛下だ」
ミアは息を呑む。
皇帝を選ぶ存在。
つまり、
皇帝より上位にいる存在ということになる。
「歴代皇帝も逆らえぬ」
クロエが言った。
「帝国最高位の存在じゃ」
冗談ではない。
誰も笑っていない。
本当なのだ。
ミアは改めて書簡を見る。
ただの紙に見える。
だが、その重みは計り知れない。
その時、
エルンストが静かに口を開いた。
「召喚状だ」
「召喚状……?」
「ああ」
エルンストは頷く。
「お前へのな」
ミアは固まった。
「私に……ですか?」
「そうじゃ」
クロエが言う。
「皇妃候補は必ず選定を受ける」
ミアはその言葉に聞き覚えがあった。
詳しく知っているわけではないが、皇妃候補が白竜皇の前に立ち、その資質を見定められるという話を文献で読んだことがある。
「選定……」
「白竜皇がお主を認めれば婚約は正式に成立する」
クロエは淡々と続ける。
「認められなければ、その話は白紙じゃ」
ミアの顔から血の気が引いた。
ようやく見つけた居場所だった。
ようやく前を向けるようになった。
なのに、
また失うかもしれない。
『嫌な予感がする』
リリが小さく呟く。
『とんでもない大物が出てきたな』
アルも腕を組んだ。
ミアは無意識に拳を握り締める。
その様子を見ていたエルンストが言った。
「無理はしなくていい」
静かな声だった。
「だが」
青い瞳が真っ直ぐミアを見つめる。
「お前なら大丈夫だと思う」
根拠はない。
保証もない。
それでも、
不思議と心が落ち着いた。
ミアは深く息を吸う。
そして、
「行きます」
そう答えた。
怖くないわけではない。
だが、逃げたくもなかった。
白竜皇オルド。
帝国最高位の存在。
その選定の日が、少しずつ近付いていた。




