第21話 冷徹皇帝と言われる理由
冷徹皇帝と呼ばれる理由
火傷が治ってからというもの、ミアの心はどこか落ち着かなかった。
鏡を見るたびに嬉しくなる。
そして、気づけばエルンストのことを考えてしまうのだ。
どうしてあんな人なのだろう。
どうして何も求めないのだろう。
どうしてあんなに優しいのだろう。
そんなことばかりが頭を巡る。
その日の午後。
ミアは皇宮の庭園でクロエとお茶を飲んでいた。
雪景色を眺めながらの穏やかなティータイムである。
「ふむ」
クロエが紅茶を一口飲む。
「最近のお主は元気じゃな」
「そうでしょうか?」
「分かりやすいぞ」
そう言われて、ミアは少し恥ずかしくなった。
確かに最近は気分が軽い。
火傷も治った。
居場所もできた。
だからかもしれない。
「陛下のおかげですね」
ぽつりと呟く。
するとクロエがにやりと笑った。
「ほう?」
「ち、違います!」
「まだ何も言っておらんぞ」
ミアは顔を赤くした。
クロエは実に楽しそうだった。
しばらく笑っていたが、やがて不意に真面目な表情になる。
「エルンストのことを考えておったのじゃろう?」
ミアは小さく頷いた。
「陛下は不思議な方です」
「うむ」
「どうしてあんなに優しいのでしょう」
クロエは少しだけ空を見上げた。
雪雲がゆっくりと流れている。
「優しいからじゃな」
あまりにも当たり前のような答えだった。
ミアは苦笑する。
「そういう意味ではなくて……」
「分かっておる」
クロエは肩を竦めた。
「お主、冷徹皇帝という噂を聞いておったじゃろ?」
「はい」
聞いていた。
恐ろしい皇帝。
冷酷な支配者。
感情のない君主。
そんな話ばかりだった。
だが実際は違った。
ミアの知るエルンストは優しい。
むしろ優しすぎるくらいだった。
「陛下は冷徹ではないのですか?」
クロエは即答した。
「全く」
あまりにもはっきりとした返答に、ミアは思わず笑ってしまう。
「では、なぜ冷徹皇帝などと呼ばれるのですか?」
「感情表現が下手なのじゃ」
クロエは言った。
「え?」
「昔からな」
クロエは苦笑する。
「喜んでも顔に出ん」
「悲しくても顔に出ん」
「褒める時も無表情」
「怒る時も無表情」
ミアは納得した。
確かにそうだった。
エルンストの表情はほとんど変わらない。
だから何を考えているのか分からないのだ。
「損な性格なのじゃ」
クロエは紅茶を飲みながら続ける。
「本当は誰よりも情が深い」
「誰よりも優しい」
「だが誰にも伝わらん」
ミアは静かに耳を傾けていた。
「陛下は昔からそうだったのですか?」
「ああ」
クロエは頷く。
「自分より他人を優先する」
「自分より国民を優先する」
「必要なら自分を犠牲にする」
ミアは息を呑んだ。
「そこまで……?」
「そこまでじゃ」
クロエは真顔だった。
「だから心配なのじゃ」
ぽつりと漏れた本音だった。
ミアは少し驚く。
いつも飄々としているクロエが、そんな表情を見せるのは珍しい。
「エルンストはな」
クロエは静かに言う。
「自分の価値を低く見積もりすぎる」
「自分が傷付くことを何とも思わん」
雪が風に舞う。
クロエはその光景を見つめていた。
「国民のためなら命すら差し出すじゃろうな」
その言葉に、ミアの胸が少しだけ痛んだ。
なぜだろう。
苦しくなった。
「そんなの……」
思わず言葉が漏れる。
「駄目です」
クロエがちらりとミアを見る。
だが何も言わない。
ただ少しだけ微笑んだ。
「じゃろう?」
ミアは視線を落とした。
今まで冷徹皇帝だと思っていた。
恐ろしい人だと思っていた。
だが違う。
誰よりも優しいから。
誰よりも自分を後回しにするから。
誤解されているだけなのだ。
ミアは雪空を見上げた。
銀色の髪。
青い瞳。
無表情な顔。
そして、誰にも見せない優しさ。
胸の奥が少しだけ温かくなる。
いつの間にか。
ミアの中でエルンストという人物は、もう冷徹皇帝ではなくなっていたのである。




