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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus文庫


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SS 第8話 異国の味

 アウローラ魔導国の市場は、朝から多くの人々で賑わっていた。


 色鮮やかな果物。


 見たこともない香辛料。


 魔法で鮮度を保つ魚介類。


 店先には異国ならではの商品が所狭しと並び、威勢の良い呼び込みの声が響いている。


「すごいですね……」


 ミアは辺りを見回しながら感嘆の声を漏らした。


「見たことのないものばかりです」


「市場は、その国の文化が最もよく表れる場所だからな」


 エルンストは穏やかに答える。


 その時、香ばしい匂いが二人の鼻をくすぐった。


「焼きたてだよ! 火の魔法パン!」


 屋台の主人が元気よく声を張り上げる。


「火の魔法パン?」


 興味を引かれたミアは屋台へ近付いた。


「寒い地方じゃ大人気なんだ!」


「食べるとしばらく体がぽかぽかして、寒さを感じなくなるんだよ!」


「まあ……」


 ミアは目を丸くする。


 焼きたてのパンを受け取り、一口かじった。


 外は香ばしく、中はふんわりと柔らかい。


 そして飲み込んだ瞬間、体の内側からじんわりと温かさが広がっていく。


「あったかい……!」


 思わず笑みがこぼれた。


「本当に体が温まります」


 エルンストも一口食べ、静かに頷く。


「火属性の魔力を穏やかに練り込んでいるのだろう」


「寒冷地では実用性も高そうだ」


「すぐ研究のお話になるんですね」


 ミアがくすりと笑う。


「職業病だ」


 エルンストも小さく笑い返した。


 二人は顔を見合わせ、穏やかに微笑む。


 さらに市場を歩くと、大きな鉄板の前に人だかりができていた。


 豪快な音を立てながら焼き上げられているのは、大きな肉の塊。


「名物! 焼きたてワイバーンステーキだよ!」


 店主が威勢よく声を張り上げる。


「飛竜のお肉です!」


「ワイバーン……」


 ミアは興味深そうに肉を見つめた。


「エルンスト様」


「飛竜と竜は、何が違うのですか?」


 エルンストは静かに頷いた。


「姿こそ似ているが、まったく別の存在だ」


「ワイバーンは魔法生物に分類される」


「体内に魔力を宿し、飛行能力や簡単な魔法を扱う生物ではあるが、人のような高度な知性は持たない」


 ミアは真剣な表情で耳を傾ける。


「一方、竜は違う」


「竜は、有身精霊と同じ系統に属する高位生命体だ」


「有身精霊……」


「精霊とは、本来、魔素の身体を持つ生命体だ」


「その中でも、人と友好的な精霊が長い年月を経て受肉した存在を、有身精霊と呼ぶ」


「エルフやドワーフも、その系譜に連なる」


「そして竜もまた、その一種だ」


 ミアは驚いたように目を見開いた。


「では、白竜皇オルド様や、白竜皇妃エイル様も……」


「ああ」


 エルンストは頷いた。


「竜は人と同等、あるいはそれ以上の知性を持つ」


「だから魔法生物とも魔物とも異なる、高位種族として扱われている」


「ちなみに魔物とは、魔素に侵食された生命体の総称だ」


「元は人や動物であっても、過剰な魔素に侵され理性を失えば魔物となる」


「なるほど……」


 ミアは納得したように微笑んだ。


「だからワイバーンは食べても、竜を食べるという話は聞かないのですね」


「そういうことだ」


 二人は焼きたてのワイバーンステーキを受け取る。


 香ばしく焼き上げられた肉は、噛むたびに濃厚な旨味が口いっぱいへ広がった。


「美味しいですね」


「ああ」


 その後も二人は、魔力を豊富に含んだ果実で作られた色鮮やかなデザートを味わい、異国ならではの食文化を存分に楽しんだ。


 初めて口にする料理の数々に、ミアの笑顔は絶えることがない。


 そんな彼女を見つめるエルンストの表情も、どこか柔らかかった。


 市場を並んで歩く二人の姿は、皇帝と皇妃ではない。


 異国の街で新婚旅行を楽しむ、ごく普通の夫婦そのものだった。

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