SS 第6話 新婚旅行?
妖精の呪い騒動から数日後。
皇宮には再び穏やかな日常が戻っていた。
しかし、エルンストには一つだけ気掛かりなことがあった。
執務室の窓から庭園へ目を向ける。
そこではミアが花々を眺めながら微笑んでいた。
肩にはリリ。
反対側にはアル。
二人の妖精と楽しそうに話している。
その姿は穏やかだった。
だが、社交界での出来事以来、その笑顔にはどこか無理をしているような影が残っている。
皇妃という立場上、どれほど傷ついても笑顔を崩さない。
そんな健気な姿を見るたび、エルンストの胸は痛んだ。
(何とか元気を取り戻してやりたい)
そう考えていた、ある日のことだった。
皇宮地下にある魔導研究所。
そこには壁一面を埋め尽くすほどの魔導書と研究資料が整然と並んでいた。
宮廷筆頭魔導士クロエ・アストレアは、一冊の古びた文献を読みながら小さく息を吐く。
「ふむ……」
「やはり、今ある資料だけでは限界じゃのぅ」
近くで研究を手伝っていたミアが首を傾げた。
「何か足りないのですか?」
「うむ」
クロエはゆっくり頷く。
「今進めておる研究を完成させるには、まだ知識が足りん」
そう言って、一枚の古い世界地図を広げた。
指先が示したのは、大陸西方に位置する国家――アウローラ魔導国。
「世界最高峰の魔術国家じゃ」
「古くから数多の大魔導士を輩出し、現代魔術の礎を築いた魔術師たちの聖地でもある」
続いて、一冊の分厚い目録を開く。
「わしが欲しいのは、ここに保管されておる一冊の魔導書じゃ」
目録を軽く叩く。
「著者は、大賢者サイオス」
「約四百年前、人類史最高峰と称された大魔導士じゃ」
「現代魔術の基礎理論の多くは、あやつの研究を土台としておる」
ミアは感心したように目を輝かせた。
「そんなに偉大な方なのですね」
「うむ」
「この原本が手に入れば、わしらの研究は大きく前進するじゃろう」
話を聞いていたエルンストが口を開く。
「取り寄せることはできないのか」
「無理じゃな」
クロエは肩をすくめた。
「国宝級の魔導書じゃ」
「国外への持ち出しは禁止されておる」
「現地へ赴き、閲覧するか、複製本を購入するしかない」
そう言うと、クロエは意味ありげに笑った。
「陛下」
「その魔導書を買ってきてくれんかの」
エルンストは静かに目を細める。
「……つまり?」
クロエはにやりと笑う。
「新婚旅行じゃ」
「し、新婚旅行ですか!?」
ミアは顔を真っ赤にした。
その肩ではリリとアルが大喜びしている。
『旅行だって!』
『やったー!』
もちろん、その声はミアにしか聞こえない。
「ですが、公務が……」
ミアは慌てて言った。
「そのくらい何とかなる」
クロエは笑う。
「皇帝も皇妃も働き詰めでは息が詰まる」
「少しくらい夫婦で羽を伸ばしてこい」
ミアは肩の上を見る。
リリもアルも期待に満ちた目で頷いていた。
『影武者なら任せて!』
『今回も完璧に化けてやる!』
ミアは思わず笑みをこぼす。
「どうした?」
エルンストが尋ねる。
「い、いえ」
ミアは慌てて首を振った。
「何でもありません」
エルンストはそれ以上聞かなかった。
ただ、小さく微笑む。
「……行こう」
その一言だけだった。
だが、その言葉には「少し休もう」という優しさが込められていた。
ミアも柔らかく微笑み返す。
「はい」
こうして妖精たちの協力による影武者作戦が再び始まる。
皇帝エルンストと皇妃ミアは、お忍びでアウローラ魔導国へと旅立つ。
それは研究のための旅であり――。
二人にとって初めての新婚旅行の始まりでもあった。




