SS 第3話 私の妻
その夜。
皇宮の夕食の席には、いつもと変わらぬ料理が並んでいた。
温かなスープ。
焼き立てのパン。
香ばしく焼き上げられた肉料理。
だが、食卓を囲むミアの表情だけは、どこか沈んでいた。
普段なら「美味しいですね」と微笑む彼女が、今日はほとんど口を開かない。
その小さな変化を見逃すエルンストではなかった。
「……何かあったのか」
静かな問い掛けだった。
責めるでもなく、詮索するでもない。
ただ、妻を案じる優しい声。
その一言だけで、ミアの胸に張り詰めていた糸が切れた。
「ご、ごめんなさい……」
ぽろり、と涙が零れる。
慌てて拭おうとする。
けれど、一度溢れた涙は止まらなかった。
「私……」
「私、皇妃に相応しくないのでしょうか……」
震える声。
昼間、談話室で聞いた言葉が何度も頭の中で蘇る。
――他国の令嬢。
――婚約破棄された伯爵令嬢。
――皇妃には相応しくない。
――エルンスト皇帝陛下は、あのお方のどこをお気に召したのでしょう。
「私……」
「あなたの重荷になっていませんか……?」
そう言うと、ミアは俯いた。
肩が小さく震えている。
これまでずっと笑顔で耐えてきた。
皇妃だから。
エルンストの妻だから。
弱音を吐いてはいけない。
そう思い続けてきた。
エルンストは静かに席を立つ。
そしてミアの隣へ歩み寄ると、その小さな身体をそっと抱き寄せた。
「エルンスト様……」
「違う」
短い一言。
それだけで、ミアは顔を上げた。
「私の妻は、お前だけだ」
真っ直ぐな眼差し。
「白竜皇様が選んだ」
「私が選んだ」
「それで十分だ」
ミアは息を呑む。
「誰が何を言おうと変わらない」
「お前は、私の皇妃だ」
大きな手が優しく頭を撫でる。
「もう、一人で抱え込むな」
その言葉を聞いた瞬間。
ミアの涙が再び溢れ出した。
「うっ……うぅ……」
堪えていた想いが、一気に溢れる。
エルンストは何も言わない。
ただ静かに、その涙が止まるまで抱き締め続けた。
その温もりは、冷え切っていたミアの心を少しずつ溶かしていく。
少し離れた棚の上では、その様子を見守っていたリリとアルが、ぎゅっと拳を握り締めていた。
『もう我慢できない!』
リリが頬を膨らませる。
『ミアを泣かせるなんて許せない!』
アルの髪から、小さな火花がぱちぱちと弾けた。
『ずっと嫌なことばかりされてきた』
『何度も我慢してきた』
『でも、もう限界だ!』
二人は力強く頷き合う。
『妖精の誇りにかけて』
『ミアを傷付けたこと、絶対に後悔させてやる!』
二匹の妖精は夜の窓から音もなく飛び立った。
こうして誰にも知られることなく、小さな妖精たちの反撃――『妖精の呪い』が静かに幕を開けようとしていた。




