SS 第1話 社交界
皇妃に即位して、まだ間もない頃。
ミアは皇妃としての公務の一つである社交界へ、たびたび出席するようになっていた。
帝国の名だたる貴族夫人たちが一堂に会し、紅茶を片手に政治や文化、芸術、慈善活動について語り合う華やかな社交の場。
皇妃である以上、その輪へ加わることもまた、大切な務めだった。
最初の頃のミアは緊張しながらも、精一杯笑顔を浮かべていた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
丁寧に一礼する。
婦人たちも優雅な笑みを浮かべて応えた。
「ようこそ、皇妃陛下」
「お会いできて光栄ですわ」
一見すれば、とても穏やかな茶会だった。
だが、その笑顔の奥には、決して表へ出ることのない感情が隠されていた。
この場へ集まる婦人たちの多くは、かつて皇妃候補として名を連ねた令嬢たちである。
白竜皇オルドによる皇妃選定へ挑んだものの、誰一人として白竜皇に認められることはなかった。
門前で引き返すよう命じられ、アルカ=ヴェルの城門をくぐることさえ許されなかったのである。
その中心にいたのが、ヴァルデン公爵夫人――イザベラ・フォン・ヴァルデンだった。
ヴァルデン公爵家の一人娘として生まれた彼女は、公爵家へ婿養子を迎え、公爵夫人となった今もなおヴァルデンの名を受け継いでいる。
かつて皇妃候補の最有力とまで謳われ、自らこそ未来の皇妃になるものと信じて疑わなかった。
しかし現実は、白竜皇オルドに会うことすら叶わない門前払い。
その屈辱は、今なお胸の奥で燻り続けていた。
そして、自分たち全員が拒まれたその場所へ、ただ一人通された少女――ミア。
隣国ローズフィールド王国から嫁いできた伯爵令嬢。
婚約を破棄され、祖国を去った少女。
そんな少女が白竜皇に認められ、皇帝エルンストの皇妃となった。
その事実は、多くの元皇妃候補たちの誇りを深く傷付けていた。
イザベラは静かに紅茶を口へ運ぶ。
そして、ゆっくりとカップを置いた。
「皇妃とは、帝国貴族すべての手本となる存在ですわ」
その一言だけだった。
誰を責めるでもない。
誰の名を挙げるでもない。
しかし、その場にいた婦人たちは、その言葉だけで十分だった。
「……イザベラ様のお気持ち、お察しいたしますわ」
その日を境に、小さな悪意が少しずつ芽吹いていく。
翌週のお茶会。
案内された会場へ向かったミアは、不思議そうに首を傾げた。
「……あれ?」
誰もいない。
近くの侍女へ尋ねる。
「本日のお茶会でしたら、別会場でございますが……」
「えっ?」
会場変更を知らされていなかったのは、ミアだけだった。
「教えていただいてありがとうございます」
「危うく遅れるところでした」
ミアは笑顔で頭を下げる。
侍女は思わず困ったような顔をした。
また別の日。
「本日は皆様、お花をご持参くださっておりますの」
そう言われて初めて、持参品が決められていたことを知る。
「申し訳ありません」
「次から気を付けますね」
婦人たちは顔を見合わせる。
責められるどころか、お礼まで言われてしまった。
さらに、ある日のお茶会。
紅茶を一口飲んだミアは目を丸くした。
「少し苦いですね」
隣の婦人が微笑む。
「帝都では大人の味がお好みですの」
「そうなのですね」
「勉強になります」
素直に感心するミア。
嫌味はまったく通じていなかった。
その様子を見つめながら、イザベラは静かにティーカップを持ち上げる。
(どうして……)
(どうして、この方には何も通じませんの)
苛立ちは少しずつ募っていく。
そして、イザベラへ忠誠を誓う婦人たちの行動も、少しずつ大胆になっていった。
イザベラは、それを止めなかった。
『……天然すぎる』
アルが呆れたように呟く。
『全部、本気で信じてるよ』
リリも苦笑した。
『俺だったら怒るぞ』
『だめだよ』
ミアは小さく笑う。
「きっと皆さん、悪気はないと思います」
その言葉に、妖精たちは揃ってため息をついた。
窓辺では、一匹の妖精がじっとイザベラを見つめている。
イザベラは、その視線に気付かない。
小さな悪意は、やがて大きな災いを呼ぶ。
そしてそれは、帝都中を震撼させる『妖精の呪い』の始まりとなるのであった。




