第198話 皇帝の帰還
判決から数日後。
帝都シュヴァルツブルク。
皇宮・謁見の間。
皇族をはじめ、帝国の重臣、騎士団長、文官たちが静かに見守る中、一つの儀式が厳かに執り行われようとしていた。
皇帝代理の任を終えたクラウスが、玉座の前へ進み出る。
その先には、静かに立つエルンストの姿があった。
クラウスは両手で皇帝の証を捧げ持ち、厳かに告げる。
「これより皇帝代理の任を解き、皇帝陛下へ、その大権をお返しいたします」
宮廷長官の宣言が、謁見の間へ厳かに響き渡る。
エルンストは静かに皇帝の証を受け取った。
その瞬間、帝国の統治権は正式に皇帝のもとへ戻ったのである。
儀式が終わると、クラウスはエルンストの前まで歩み寄り、深々と頭を下げた。
「……すまなかった」
短い一言だった。
その言葉には、弟を疑った苦しみ、皇帝代理として法を貫いた葛藤、そして兄としての後悔、そのすべてが込められていた。
エルンストは静かに首を横へ振る。
「兄上が謝る必要はありません」
「兄上は皇帝代理として、帝国の法を守り抜いてくださいました」
「それが兄上の務めだったのです」
そう言うと、エルンストは右手を差し出した。
「ありがとうございました」
クラウスは一瞬目を見開き、やがて穏やかに微笑む。
そして、その手を力強く握り返した。
兄弟は固く握手を交わした。
その姿を見守る者たちの表情にも、自然と安堵の笑みが広がる。
その中で、一人だけ静かに涙を流している人物がいた。
皇太妃クラリッサである。
クラリッサはそっと目元を押さえた。
「本当に……よかった……」
夫である先帝を失い、心の支えを失った日々。
そして、最愛の息子たちが法廷で争うこととなった苦しみ。
母として、それほど辛いことはなかった。
だが今、二人は再び笑顔で向き合っている。
その姿を見届けたクラリッサの頬を、一筋の涙が静かに伝った。
ミアはそっとクラリッサのもとへ歩み寄る。
「お母様」
その一言に、クラリッサは目を丸くした。
だが次の瞬間、慈愛に満ちた笑みを浮かべ、ミアの手を優しく包み込む。
「ありがとう、ミアさん」
「あなたがエルンストを支えてくれたからこそ、この日を迎えることができました」
ミアは照れたように小さく首を横へ振った。
「私は陛下のおそばにいただけです」
クラリッサは優しく微笑み、静かに頷く。
「いいえ。それが、何より大切なことなのですよ」
そう言うと、クラリッサはミアをそっと抱き寄せた。
ミアもまた、その温もりへ身を委ねる。
血の繋がりはない。
それでも二人は、確かに母と娘だった。
その光景を見つめるエルンストとクラウスの表情にも、自然と穏やかな笑みが浮かぶ。
その後、エルンストは皇宮のバルコニーへ姿を現した。
眼下には、皇帝の帰還を待ちわびた数え切れないほどの国民が集まっている。
歓声が帝都中へ響き渡る。
エルンストは静かに一歩前へ進み、国民を真っ直ぐ見渡した。
「このたびの事件により、多くの国民へ不安と混乱を与えたことを、皇帝として深くお詫びする」
広場は静まり返る。
誰もが皇帝の言葉へ耳を傾けていた。
「しかし、この裁判は帝国にとって大きな意味を持つものとなった」
「法は、誰の上にも平等である」
「たとえ皇帝であろうと、宰相であろうと、法の前では等しく裁かれる」
「それこそが、私たちが未来へ受け継ぐべき帝国の姿である」
一瞬の静寂。
そして次の瞬間――。
万雷の拍手と歓声が帝都を包み込んだ。
「皇帝陛下、万歳!」
「皇帝陛下、万歳!」
歓喜の声は、どこまでも高く響き渡る。
その様子を見守っていたミアの耳元で、小さな声が弾んだ。
『終わったね!』
『やっと終わったな!』
リリとアルだった。
ミアは二人にだけ見えるよう、小さく微笑む。
「ありがとう」
「二人がいてくれたから、私は最後まで頑張れました」
二人の妖精は嬉しそうに顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべる。
帝国は再び一つとなった。
法によって真実は証明され、人々は未来への希望を取り戻した。
こうしてヴァイスラント帝国は、新たな時代への第一歩を踏み出す。
その未来は、きっと誰もが笑顔で暮らせる、温かな時代となる。
そう信じられる一日だった。
――しかし。
判決から間もなく、勾留されていた宰相グレゴールと外務大臣レオンハルトは、拘置所内で相次いで不審な死を遂げる。
事故とも、自害とも、他殺とも断定できなかった。
徹底した調査が行われたものの、真相は最後まで明らかにならない。
その真実を知る者は、誰一人としていなかった。




