第195話 責任転嫁
帝国最高裁判所。
最終公判。
法廷は、重苦しい沈黙に包まれていた。
決裁指示書。
管理台帳。
文書鑑定報告書。
会計監査報告書。
関係者たちの証言。
そして、極秘保管庫から発見された命令書。
積み重ねられた証拠は、すべて一人の人物を指し示していた。
――宰相グレゴール。
裁判長は静かに問い掛ける。
「宰相グレゴール」
「これらの証拠について、なお異議はありますか」
グレゴールは険しい表情のまま沈黙を続けていた。
法廷中の視線が、一斉に被告席へ集まる。
長い沈黙の末、グレゴールはゆっくりと顔を上げた。
「……ある」
低く響く声。
そして次の瞬間、グレゴールは鋭くレオンハルトを指差した。
「すべてはレオンハルトの独断だ!」
法廷が大きくどよめく。
レオンハルトは驚愕の表情でグレゴールを見つめた。
「宰相閣下……」
震える声が漏れる。
しかし、グレゴールは冷たい眼差しを向けたまま、容赦なく言い放った。
「私は何も知らなかった」
「暖房器具計画の改竄も、公文書の差し替えも、会計帳簿の改竄も、すべてレオンハルトが勝手に行ったことだ」
「私は報告を受けただけにすぎん」
その言葉に、法廷は騒然となる。
誰もが耳を疑った。
長年、自らの右腕として重用してきた外務大臣を、保身のために何の躊躇もなく切り捨てたのである。
レオンハルトは顔面を蒼白にし、言葉を失った。
「……そんな」
信じ続けてきた主君。
命令に従い続けてきた相手。
そのグレゴールが、今、自分一人へすべての責任を押し付けようとしている。
レオンハルトの拳は、小刻みに震えていた。
クラウスは二人を静かに見つめる。
その瞳には、深い失望の色が浮かんでいた。
裁判長は法槌を静かに打ち鳴らす。
「法廷内は静粛に」
しかし、法廷のざわめきは容易には収まらない。
帝国を長年支えてきた宰相が、自らの罪を逃れるため、忠実な部下へ責任を押し付けた。
その光景は、法廷にいるすべての者へ大きな衝撃を与えていた。
そして、その時だった。
俯いていたレオンハルトが、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳から迷いは消え、代わりに静かな決意が宿っていた。
帝国最大の陰謀は、今まさに内側から崩れ始めようとしていたのである。




