第194話 最後の切り札
帝国最高裁判所。
暖房器具事件、最終公判。
証人たちの証言を終えた法廷は、張り詰めた緊張感に包まれていた。
裁判長は静かに口を開く。
「皇帝代理クラウス殿下」
「他に提出すべき証拠はございますか」
クラウスはゆっくりと立ち上がり、一礼した。
「ございます」
「本事件の全容を明らかにする、最後の証拠を提出いたします」
その言葉に、法廷は大きくざわめいた。
宮廷監察官が証拠箱から一通の封書を取り出し、裁判長へ恭しく差し出す。
封蝋には宰相府の紋章。
そして、宰相グレゴールの公印が鮮明に押されていた。
裁判長は静かに封を解き、文書へ目を通す。
やがて、その内容を法廷中へ読み上げた。
『原本は回収せよ』
『提出書類は差し替えよ』
『計画は予定どおり進めよ』
法廷は騒然となる。
命令書の末尾には、宰相グレゴールの署名。
そして、公印が鮮明に押されていた。
裁判長は命令書を掲げる。
「皇帝代理クラウス殿下」
「この文書は、どこで発見されたものですか」
クラウスは落ち着いた口調で答えた。
「皇宮最深部にある極秘保管庫です」
「文書保管庫管理官の証言をもとに調査を行い、正式な手続きを経て発見いたしました」
さらに続ける。
「管理台帳の記録。」
「文書鑑定報告書。」
「会計監査報告書。」
「関係者たちの証言。」
「そのすべてと一致しております」
「この命令書は、一連の事件を裏付ける決定的な証拠です」
法廷は再びどよめいた。
誰もが被告席へ視線を向ける。
グレゴールは静かに命令書を見つめる。
その表情は変わらない。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……異議があります」
静かな声だった。
「その文書は偽造されたものです」
「私が作成したものではありません」
「何者かが、私を陥れるために捏造したのでしょう」
冷静な否認。
しかし、その額には一筋の汗が伝っていた。
裁判長は静かに命令書を机へ置く。
管理台帳。
文書鑑定報告書。
会計監査報告書。
関係者たちの証言。
そして、極秘保管庫から発見された命令書。
それぞれの証拠は互いを補強し合い、一つの真実だけを指し示していた。
クラウスは静かにグレゴールを見据える。
「宰相グレゴール」
「それでも、なお否認を続けられるのですね」
その問い掛けに、グレゴールの表情がわずかに歪む。
拳を固く握り締める。
そして――。
「当然だ!」
堪えていた感情が、ついに噴き出した。
「私は何も知らん!」
「すべて作り話だ!」
怒声が法廷中へ響き渡る。
しかし、その叫びとは裏腹に、積み重ねられた証拠は微動だにしない。
法廷の空気は、さらに緊迫していく。
首謀者は、なおも最後まで罪を認めようとはしなかった。
だが、その逃げ道は、もうどこにも残されてはいなかったのである。




